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1.現状 − 初心者が陥りやすい問題点

編み物入門本の現状

どのようなジャンルの本でも似たようなものですが、編み物本も大部分は入門者を対象としています。「1週間で編める〜」「はじめてさんの〜」「四角く編んで〜」などのタイトルや副題を見れば、内容は簡単に想像がつきます。しかしこのような入門者本の最初のページをめくっても、肝心の編み方については本当に少しの説明しかないのに驚かされます。表編みであればだいたい、次のような3・4コマのイラストと数行の説明といった程度です。

糸を向こう側に置き、針を左目の手前から入れる 糸を右から掛け、目を通して引き出す 左針から目を外す 右目に表目が一目できる

このイラストは親切な方ですが、編み針を初めて手にする人がこれをみて表編みができるかといえば、それは無理でしょう。本の書き手もそこまでは期待していないと思います。つまり、書店にあふれる編み物入門本を読むためには、あらかじめ基本的な編み方はある程度マスターしておかなかればいけないということになります。まぁ、いくら編み物が下火だといっても身の回りにだれかちょっと教えてもらえる人くらいはいるでしょうから、 そこでまず手ほどきを受けて、それから本で勉強する、というのは悪くないシナリオかもしれません。しかし、教えを請う相手が本当にちゃんとした技量を持っているかどうか、となるとこのシナリオの妥当性は急に怪しくなるのではないでしょうか。現に私の周りでも、糸のかけ方が違っていたり、針の動かし方がおかしい人が少なくないのです。

考えてみれば、編み物は手間のかかる趣味です。手芸は時間の芸術と呼ばれるようですが一目一目を手編みをするというのは時代錯誤とも言える手間のかかる作業です。逆に言えばこの趣味は大部分の時間を「編む」という動作で過ごすことになります。その基本となる「編む」という動作が正しくなければ、完成までにやらたに時間がかかったり、編目が不ぞろいになったり、ひどい場合には腱鞘炎・関節炎のような手の障害を引き起こすことになります。

しかし、不勉強かも知れませんが、私は人間が「編む」、という動作をきちんと説明してある書籍やビデオ・ホームページに出会ったことがありません。「編む」という動作などビデオで写したものがあれば十分で、説明など必要ないと思われるかもしれませんが、複雑な動作をメディアを通じて間接的に伝えるにはそれでは不十分で、面倒でも次の手順を踏む必要があります。

1)一連の動作を個別の要素に分解すること
2)それぞれの動作の意味を定義づけること
3)第三者に伝えられる形で再構成すること

分かりにくいかもしれませんので、次に実例で説明します。

箸の使い方について

編み物だと一般性に乏しいと思うので、少し回り道をして良く似た箸について考えてみます。箸は私たちが毎日使う道具です。2本の棒を使う点は棒針と同じです。おそらく多くの日本人は箸を使うのに何の不自由も感じてないはずです。箸を使わない外国人から見れば、私たちの箸使いはマジックのように見えるかもしれません。その私たちが箸の動きを理解していないということがあるでしょうか? 個人的なことですが、私はかってそのような経験をしました。高校生のころ、丸善の洋書売り場で Books on Japan にある洋書をなにげなく見ていたとき、そこに箸の使い方がイラストつきで説明されていたのです。それは次のようなものでした。

親指・人差し指・中指を伸ばし、薬指と小指を曲げる 親指の付け根と薬指に一本の箸を置く 親指の根元で箸の真ん中を押さえる もう一本の箸をペンと同じように持ち、その箸を動かす。

私はこれを読んだとき、これは外国人向けに簡便な箸の使い方を説明しているのかと思い、深く気にとめませんでした。とくに私は自分では両方の箸を動かしてものをつまんでいると思っていたので、片方だけしか動かさない、という記述には納得しませんでした。しかし、心に留まるものがあったのでしょう、帰って実際に箸を出して動かしてみました。そうすると説明にあるように、下の箸は固定されていて上の箸が動いてものをつまむということを発見したのです。(もちろん実際には下の箸が完全に固定されているわけではなく、微妙に動かすことが必要ですが、ものをつまむという動作をするとき、主に動くのはやはり上の箸です。)もし、自分が箸の使い方を外国人に教える場合どうしただろうか?闇雲に最初から二本の箸を握らせてしまったのではないだろうか?少なくとも片方を固定させ、片方を動かすというような説明ができたはずはない。私はすっかり感心してしまいました。その後私は友人と食事をするとき「下の箸は動かさなくて、上の箸を動かして物をつまむって知ってた?」とたずねてみました。大部分の友人は意味がわからないか、実際にその場で箸を動かしてみて「そうみたい。で、それがどうしたの?」と一向に私の発見に興味を示しませんでした。

意識しない動作を意識して教えるということ

このことから分かるように私たちは自分たちの自然な動きに関して案外「理解」していません。というより「理解」する必要がないといえます。要するにその動作がきちんとできれば事が足りるのですから。逆に妙に意識をすると、歩くときに同じ方の手と足を同時に出すような失敗をしたりします。しかし「理解」が不十分であれば、他人に「説明」するということは当然困難です。外国語でもその国の言葉がペラペラだから人に教えられ るわけではありません。言葉がしゃべれるということと、それをその言葉を知らない他人(成人)に教えるということは別の技術です。たとえば、私たちは「あの」「その」「この」という指示代名詞を自由に使い分けて話しています。しかし、どのような場合にどれを使うべきかということを外国人に教えるとなると簡単ではありません。それには、専門の勉強が必要です。

しかし、無意識の動きを言葉で伝えることができるか?あるいは、無意識の動きを意識した動きで真似て本当に練習になるのか?という疑問があるでしょう。私もそう思いましたが、どうも無理ではなさそうなのです。スポーツがその典型ですが、従来は「何度も練習すればうまくなる」というような指導法だったものが、より科学的な指導法に変ってきています。むやみやたらに「千本ノック」しても上達しない。むしろ、疲労しきっているときに練習するとかえって正しいフォームが乱れる、という考え方が主流になってきているようです。ゴルフの本やビデオを見ると、スタンス・バックスィング・フォロースルーなどの一々に細かな説明があります。ゴルフはさすがに行き過ぎという感じで、知識だけが先行して実際のスィングがまったく追いついていない人や、部分部分の形だけ真似をしようとするあまり、かえっておかしなフォームになっている人を見かけます。とはいえ、どのスポーツでも最近では最も合理的なフォームを研究し、それに見合った指導法を考案して成果をあげていることは間違いないようです。体操などは一昔前にウルトラCだった技も細かく動きを分解してそれぞれの動作を会得するための練習方法や補助具を開発して工夫した結果、現在では高校生が普通に演技する技にまでなっていることがあります。

私がこのページで目指しているのは、この手法を「編む」という動作に当てはめることによって、初心者がより早く合理的な編み方をマスターできるようにすることなのです。

現在の表編みの教え方と誤ったイメージ

棒針編みを教えるとき、通常は作り目に続いて表編みという最も基本的な編み方を説明します。その説明方法ですが、上記のイラストのようなもの か、言葉で言えば次のように説明されているようです。

「糸を向こう側に置き、右の針を左の針の編目に入れ、向こう側の糸を引っ掛けて、手前に引き出す。その後、左の針から編目を外す。」

私は上記のイラストや、このような説明によって初心者には誤ったイメージができるように思えてなりません。そのイメージとは次のようなものです。

手前に編目の輪があり、その向こうに垂直に立った毛糸がある。 手前から針を刺して針先でその毛糸を引っ掛けて手前に持ってくる。

私の考えではこのイメージは間違っています。いや、正確に言えば間違った動きをとらせやすいイメージだと思います。

このようなイメージを持った初心者の針の動きはすぐ分かります。まず、針の持ち手が左右とも平行に近くなります(下図 a.)。これは間違ったイメージにある向こうの毛糸を引っ掛けようとするからです。つぎに、右針を編目にいれるとき左の編み棒に平行するような方向から入れようとします(下図 b.)。これは狭い穴をくぐるにはその方向からしかないように思うからです。次に直角に糸を引っ掛けようとします。ところが、引っ掛けて手前に引き出すには針の移動方向に対して90度以上の角度にする必要がありますから、右針の尻が向こう側に行くほど回転させてやっとひっかけます(下図 c.)。(だいたい一度で右針にかからない)それから編目をくぐらせるのですが、くぐった後、そのままの右針の角度では左針の編目が外れないため、今度は右針を立ててから編目をずらして外すことになります(下図 d.)。この動きを示すと下図 e.のようになります。一目編むのも大変です。

a. b. c.
d. e.

この初心者の動きは、編み方に慣れてないためでしょうか? もちろんそうでしょう。しかし、間違ったイメージによるところも大きいのではないでしょうか。棒針編みは両手の共同作業です。従来の説明方法では右手の動きばかりを強調して説明しすぎているように思います。だから、上記の初心者の動きを見ていると左手は固定されたまま動かさず右手だけがほじるような大きな動作をしています。もちろん、右利きの場合、左手は思うように動かせないため、最初は編み棒をもって糸を手にかけて、その糸に一定の張りを持たせるだけで精一杯という事情はあるでしょう。しかし、やはりそのままではなかなか上達しません。

頑張る人は毎日編んでいく内に綺麗な動きになっていくことが多いのですが、一方で妙な動きが固定して上達の妨げになる例も少なくないように思います。先に例であげた箸の使い方にしても、おかしな持ち方をして、ものすごく食べにくそうにしていたり、マイスプーンを取り出す大人がいます。やはり最初から正しい動作について説明しておくことは重要なことだと思えてならないのです。

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