2001年1月31日(水)
最近本当にインターネットが普及してきました。昔は家にパソコンが置かれているとだいたい怪しい人物と思われることが多かったのですが、今ではドラマの主人公の部屋にもちゃんとパソコンが鎮座しています。アメリカではインターネット人口のうち女性の割合が男性を越えたそうです。日本はまだそれほどではないでしょうが、ずいぶんと家庭の中に入ってきたものです。
初めてインターネットをする人には、「メール」「掲示板」「チャット」などがとても新しいもののように見えるようですが、実はこれらはインターネットに先立つ「パソコン通信」の時代にすでに花咲いていたのです。今、夜中のチャットに夢中になっている奥様方は、実は昔の怪しい大学生と同じ楽しみを味わっているわけです。振り返ってみれば、人が知らない怪しい機械をいじっているというような先入観で判断していてはだめだったということではないでしょうか。もちろん昔のパソコンは難しくて値段も高かったので、家庭の主婦が簡単に手を出せる代物ではなかったのですが、根本にある楽しみ方というのは特殊でもなんでもなかったわけです。
これをひっくり返して考えてみると、編物も同じでしょう。おばさんやおばあさんが猫をひざにおいて暇にまかせてやる趣味、というような先入観でとらえると損をするのではないでしょうか。結局のところ人間の楽しみ方というのは案外普遍性があるものかもしれません。
2001年1月30日(火)
知る人ぞ知る俵万智さんの「短歌をよむ」(岩波新書)は短歌を作る苦労や裏話が多くて楽しい本です。俵さんは「サラダ記念日」が売れてから、どこそこへいって地名を盛り込んだ歌を何首作ってほしいというような依頼がたくさん舞い込んだそうです。歌は感動したからできるのであって、「わざわざ」作ろうとしてもとてもできるものではない、と俵さんはそういう依頼を引き受けられなかったと書いています。ところが、佐々木幸綱先生から「素材を狩る」ことを勧められます。つまり、テーマを絞って集中的に歌を作るということです。
「(前略)何をテーマにするかというところで、すでに個性も出るんだよね。君には、花なんかいいんじゃない」自然に感動が生まれ、歌になるという気持ちから、「わざわざ」感動に近づいていくという試みの意外さが面白くてこの部分は心に残る一節となっています。これを編物にあてはめるなら、色々と編みたいと思うセーターを編んでいたが、ある程度上達したら今度は「わざわざ」特定のテーマに絞り込んで編み込んでみる、という上達方法になるのでしょうか?私たちはそこまでしたことはありませんが、いっちょうやってみますか。「徹底的に赤にこだわる」とか「フェアアイルを極め尽くす」とか、う〜んプロっぽくてカッコイイ言葉ですね〜。腕の伴わない、言葉だけのかっこよさではどうにもなりませんが。(がっくり)
確かに私は花が大好きで、花の短歌は多いほうである。しかしそれは「たまたま」花を見て心が揺れたということ。先生は「わざわざ」花を眺めて作ってごらん、と言うのだろうか。
「そう、わざわざ。今までと違う作り方でやってみる。君は短歌を並べるのは得意だけど、そういう意識的な連作はほとんどないだろう」
2001年1月29日(月)
今の子供達はカラフルな絵本を買ってもらいますが、絵本は結構高いもので、昔は子供図書館でよむ事が多かったように思います。たた夫は小学生の頃から一冊五円の文庫本を読まされていたようです。文庫の中にもちゃんと童話はあるのですが、当然絵はありません。ですから、たた夫はときどき自分で絵を描いていました。(たたは、教科書やテストの答案用紙の裏に絵を描いて、いつも先生に怒られていました〜。(笑))う〜ん。こちらのほうが情操教育にいいかもしれませんよ。いかがでしょう?
文庫に収録された童話の一つに、「小川未明童話集」(新潮文庫)があります。この中にある一作「赤いろうそくと人魚」は心に染みる作品です。普通の童話では人魚の住む世界は南の海です。しかしこの童話で人魚は北の冷たい海に住んでいるのです。これだけでも暗く冷たい雰囲気ですが、この人魚は身ごもっており、子供をこんな寂しいところで育てるのは不憫だからと人間に拾ってもらえるように子供を捨てるのです。幸い親切な老夫婦に拾われてその女の子はすくすくと育つのですが、その少女が絵を描いたろうそくをお宮にあげると、決して船が転覆しないということがうわさになり、やがて少女が人魚であることがばれてしまいます。ある日香具師が老夫婦の前に現れて、人魚を大金で買い取ります。老夫婦は金に目が眩んで優しい気持ちを忘れてしまいます。最後の日、少女がいつものとおりろうそくに絵を描いているところに香具師がきて強引に連れ去ろうとします。少女は絵を完成させることができず、真っ赤に塗りつぶしたろうそくを残していきます。その後、この赤いろうそくを見て事実を悟った母人魚によって、少女を運ぶ船は沈没、その後海は荒れて難破が絶えず、町はほろんでしまう...。
このような内容ですが、今のお母さん方にとってはどうでしょう?子供に読ませたい話でしょうか?もしかしたら暗すぎる話として好まれないかもしれませんが、私たちの子供心にこの童話は焼きついて離れません。大人になってから改めて文庫本を買い求めて読み直してみても、昔の感動がまったく変わらずよみがえります。
ただ一つだけ、大人になって分かったことは、この老夫婦がお金と引き換えにした少女とは「創作する純粋な心」の象徴だったのだろう、ということです。年齢を重ねた分だけ、ちょっと理解が深まったかもしれません。
しかしその一方で大人になった私たちは、それほど大金を積んでも人が欲しがるほどのセーターを一着は作ってみたいものだ、という欲望がわいてくるのを感じずにはいられないのですが。
2001年1月28日(日)
【おわび】昨日のよもやま話のアップロードが正常にできていませんでした。すみませんでした。
全文検索システムをNamazuに変更しました。このため、検索速度が飛躍的に向上しました。また、単語のある場所の重み付けができるようになりましたので、検索した語にふさわしいと思われるテキストが上位にくる確率が高くなっています。その代わり、従来は必ず検索した語のを含む文章が検索結果の要約内に表示されていましたが、Namazuでは検索した語を含む文章の最初の部分が要約として表示されるようになりました。
* * *
ホームページを見ていると、これまでの書籍や雑誌では得られない意外な情報に出会うことがあります。マスメディアで紹介されるものには偏りがあることは誰でも知っていますが、例えば人体という私たちがもっとも親しいはずのものでも、情報は偏向しています。メディアに登場する身体は、ほとんどが若くスタイルがよく、肌がきれいで、色が白いというようなものばかりです。「乳房論」(マリリン・ヤーロム著,平石律子訳,トレヴィル,1998)に、次のような一節があります。三十年間コスモポリタン誌の編集者を務めるヘレン・ガーレー・ブラウンは、1960年代後半、次のようなフェミニスト的観点に立っていた。「女性には見たいと思っても、それほど多くの他人の裸を見るチャンスがない」として、彼女は広告への女性ヌード起用を擁護した。特に米国では、女性が他の女性の乳房を見るチャンスはほとんどない。「他の人たちの乳房を理想と考えて.....ああ、何てことでしょう。因習に捉われない自由な女性でありながら、自分以外の女性の体がどんな格好をしているのか、実際には知らないなんて」もちろんガーレー・ブラウンの意見表明がファッション写真のモデルとなる対象者の幅を若者から年配者へ、引き締まった体からふっくらした体へ広げたわけでも、従来の美しい乳房の理想を変えたわけでもなかった。コスモポリタン誌を始め、他の女性ファッション誌は引き続き、若いモデルだけを起用したのである。日本では、昔は銭湯で人の裸などは当たり前でしたが、最近では家庭風呂が一般的なので、日本でもアメリカと同じようなものかもしれませんね。毎日テレビや雑誌でナイスバディばかり見せ付けられていれば、自分の体に自信を無くしたり、「これは本来あるべき自分の体でない」と思ったりする人が増えてくるのも無理がないことかもしれません。しかし、実際にはあのようなスタイルをしている人間などほとんどいません。それどころか、人の体は顔と同じように極めて個性的で、また完璧なものではなく、たいていシミ・シワ・あざ・ほくろなどがあります。しかしこれらはほとんどといっていいほどマスメディアには登場しません。
編物掲示板をのぞいていると、頻繁に目にする質問があります。それは、「メリヤス編みが丸まってしまうんです」という悩みです。おそらくこの人たちは、編物本に載っている編地しか見たことがないのでしょう。編物本の写真でメリヤス編みを見ると定規で計ったように平面を保っています。当然編目にはまったく乱れがありません。このような編地が編めるのか、編まなければいけないのかと思うと絶望的な気持ちになることは分かります。しかし、言うまでもなくメリヤス編みとは、内側にくるくると巻く性質を持っています。写真の編地は整形されたものなのです。
昔の人は編物を家族や友人達から覚えました。当然、完璧な編目などあろうはずもなく、人によってゲージは天と地ほども違い、腕前もさまざま、間違った模様をごまかしてあったり、色使いなども結構アバウト、とじはぎも自己流、そんな編地に囲まれているなかで、自分の編物技術の位置を自然に知りました。
しかし時代は変わったのです。他人の編地を見たこともない人が増えてきて、本やビデオなどから情報を得るのが普通になりました。写真の中にある理想的な編地と自分の編地とを単純に比較すれば、編み針を投げ捨てたくなるかもしれません。私たちは、このような周りに編物友達のいない方への助けになればと思ってこのホームページを始めました。しかしインターネット上では、大事なところで落とした目をさっと拾って直してくれた、あの日の友人の代わりをすることは、並大抵ではないようです。
2001年1月27日(土)
リンクのページにヒューと優の小岩ホームページを追加しました。私たちが好きな伝統ニットのガーンジーニットやサンカニットの故郷スコットランドに在住の翻訳家、杉本優さんのホームページです。杉本優さんのエッセイは、すっきりした文章でとても読みやすく、文章構成も確か、締めも見事で読後に長く余韻が残ります。このような素晴らしいエッセイがたくさんあって、スコットランドに興味がある人は必見のホームページです。日本とスコットランドの文化や習慣の違いを妙に大上段に構えることなく、見事に描く「エッセイ・普段着のスコットランド」が、私たちの大のお気に入りです。インターネット上で上質な文章を堪能したいのならこのホームページは外せません。
Yahoo!の「今日のオススメ」に登録されたおかげで、昨日は2300以上のアクセスがありました。普段の10倍以上です。検索エンジンでの、Yahoo!の実力の凄さをまざまざと見せ付けられた一日でした。
2001年1月26日(金)
1月25日発売の「毛糸だま」2001年春号(日本ヴォーグ社)の、「柴田淳の電脳編物日記(15)」で、私たちのホームページが紹介されました。現役のニットデザイナーである柴田淳先生に、私たちのホームページを取り上げていただけるだけでも光栄なのですが、記事を読ませていただいて驚きました。ホームページの一つ一つのメニューについて詳しく解説していただき、1ページにぎっしりと文章と写真が並んでいます。しかも過分とも言えるお褒めの言葉を掛けていただいて、夫婦ともども感激でいっぱいです。
コンピュータの世界でも、レベルが本当に高い人はほとんど知識をひけらかしたりしません。むしろ雑誌をちょっとかじっただけの初心者のほうが何倍も「オレはできる」という態度をとりたがります。今回、私たちのような技術レベルのホームページに対して、ストレートにお褒めの言葉を掛けていただける柴田先生を知って、どの業界も同じだと感じました。結局のところ周りに涼しい日陰を作れるのは幹の充実した樹だけです。私たちも先生のお褒めの言葉を恥ずかしめないよう、これからもがんばっていきたいと思います。
柴田淳先生ならびに日本ヴォーグ社の関係者の方々に改めてお礼申し上げます。
2001年1月25日(木)
それぞれの業界では内輪だけで通用する隠語が生まれます。そのため同じ業界人同士の話を他の関係者が聞いてもちんぷんかんぷんということがあります。最近この手の言葉が大量に生み出されているのはなんといってもコンピュータ業界でしょう。NHKの日本語関係のミニ番組で、銀行のATMで現金を入金したら「処理中です..」と画面に表示され、「大事な客のお金を『処理する』とはなにごとだ!」と怒っている人からの投書がとりあげられていました。結論はコンピュータ業界では'Process'を「処理」と呼ぶ習慣があり、それがそのまま外の社会に使われたため、ということでした。外の社会で処理とはゴミ処理のように愉快でないものを処分するというニュアンスがあるため、お金を処理するという言い方はふさわしくないということです。なるほど。しかし、たしかに何にでも使うな〜「処理」。そんなに変?って気がするのは私たちだけかな〜?第一そんなこと言ったら、ウィンドゥだってファイルだってコピーだって、「一般社会」と「コンピュータ業界」とはぜんぜん意味が違うしな〜。ずいぶん前だけど私たちが「ファイルがなくなった!」って大騒ぎしてたらコクヨの紙ファイルを手渡されたことあるよ〜。(ネタじゃなくて実話)
「海の男たちのセーター」(とみたのりこ著,日本ヴォーグ社,1989)によると、ヨークシャー地方のデイルというところでは、上体を前後にゆすりながらリズムをとる、独特の編み方をしていたそうです。う〜ん。どんな編み方でしょう?ボートをこぐような感じ?ボクシングの選手みたいな華麗なウィービング?あ〜、一度見てみたいな〜。でも、どうして上体を揺するんでしょうね?不思議です。このような編み方をしていたニッターは「weird wizards」と呼ばれていたそうです。「奇妙な魔法使い」という意味です。ウィザード、って聞いたらコンピュータ業界人なら、何を思い浮かべるかわかりますか。いや今なら一般の人でも同じかもしれません。ちょっとした指示をするだけで複雑な処理(おっと、また使っちゃった!)を自動的にやってくれるソフトのことを「ウィザード」と呼びます。アイコンなんかも昔のテレビドラマの「コメットさん」(古い!!)が持っていたような魔法の杖の形だったりします。ところがこの「魔法使い」は曲者で、時には一生懸命積み上げた設定をお構いなしに壊して、全部だいなしにしてしまうことがあります。こういうときは本当に腹が立ちますね。素晴らしい手袋や靴下を編んでいた、デイルの「奇妙な魔法使い」から150年たって生まれたデジタルな魔法使いは、どうも本家より出来が悪いようで、できることなら九重由美子...いや大場久美子の頬に書かれたような大きな×をつけたくなることがあるのです。
【追伸】明日 1月26日、Yahooの「今日のオススメ」に掲載されることになりました。明日の朝6時以降、http://www.yahoo.co.jp/new/20010126.htmlをアクセスすると、(トラブルがなければ)掲載されているらしいです。
2001年1月24日(水)
ヤフーのカテゴリ編物に登録されました。インターネットでホームページをご覧になる方でしたら、当然ヤフーなどの「検索エンジン」と呼ばれるサイトを利用したことがあるでしょう。
しかし、検索エンジンには登録型とロボット型と呼ばれる種類があることはご存知ない方もあるかもしれません。登録型というのはホームページの自薦・他薦を受け付けて、手作業で電話帳のように一覧を作っていく方法で、ロボット型というのはプログラムを使ってインターネット上のホームページを自動的に訪問してデータベースを作る方法です。この二つの区別は私達も知っていましたが、登録型とよばれる検索エンジンの審査が非常に厳しいところがあり、申請してもなかなか登録してもらえないホームページが沢山あるという事実は、このホームページを作る以前は知りませんでした。
私達のホームページは当初、編物の英文パターン解説というマニアックな内容だったので検索エンジンへの登録はしていませんでした。しかし、一般の編物ファンにも役立つ(と思っている)内容が増えてくると、やはり沢山の方に見ていただきたいと考えるのは自然なことです。アクセス数が一日20くらいですと、夜に追加したコンテンツが次の日の朝になっても誰も見ていない、というようなことがしばしば起きます。それで、去年の暮れから検索エンジンへの登録をしたところ、NTTディレクトリなどから少しずつ来て頂けるようになりました。この頃になって、やっとヤフーの登録審査が非常に厳しいという情報が入ってきました。特に白象氏のヤフーは墓穴を掘っていませんか?というホームページで、「個人が作成したHPに限れば登録申請した内の5%程しかヤフーには登録されていない」とか、巷ではヤフーに登録されない人のことを「ヤフー難民」と呼ぶ、というような文章を読んで本当に驚きました。
私たちは検索エンジンを利用する際、いつもキーワード検索を使っていたので、初めてヤフーのカテゴリをたどっていき、「編物」のところを開くと、登録されているのはわずかに8(現在は広瀬光治先生のサイトが増えて合計9サイトになっています)、しかも団体や講師の方ばかリで、棒針編みの個人ホームページは全く登録されていませんでした。このときはここに自分達のホームページを登録してもらうのは絶望的に思えました。
その後、ホームページを無料スペースから容量の大きいサーバへ引越、内容もリニューアル後、ヤフー・ライコスへ登録申請をしました。そしてライコスは12月30日、ヤフーは今日1月24日に登録されました。この間は、登録自体が目標になっていたような妙な期間でしたが、あまり浮つかないで内容を充実させようとは思ってきました。(それでもなにか落ち着かなかったですね。)
ほぼ、検索エンジンへの登録も終わりましたので、これからは棒針編みのさまざまな技法をコンテンツに追加して、もっと充実したホームページにしたいと思います。
2001年1月23日(火)
「手作り」というと、今の人はどのような印象があるでしょうか?一品一品に技巧を凝らして作り上げる高級品というイメージがあるでしょうか?あるいは、形がいびつで底が黒焦げになってしまった、プレゼントのクッキーを思い浮かべるでしょうか?どちらにしても、悪い印象はないと思います。
しかし、昔はそうではありませんでした。私たちが頂いたメールの中に、子供の頃にミッキーマウスの編み込みのベストを編んで自慢して着ていたら(すごい腕前ですよ)、友人のお母さんから「あら、手編みなの?」と聞かれ、なぜか恥ずかしくなってそれから編物をやめてしまった、という方がおられました。
「手作り」=「貧しい」というようなマイナスイメージがあったのは、ついこの間のことなのです。西岸良平作「夕焼けの詩」(ビッグコミック)は、昭和30年代の景色で埋め尽くされたマンガですが、この作品の中でも、編物は何度となく編み直され、糸がやせて足らなくなったときは妙な色の糸を足し込むため、きわめてみすぼらしいものになるという風景が描かれています。
個人的なノスタルジーを越えて、古代ギリシャにまでさかのぼると、そこでも手作りの印象は冴えません。6泊7日のヨーロッパ旅行でも必ず見に行くというミロのビーナスを生み出した誇り高きギリシャ彫刻というのに、多くの作品は作者不詳です。作者がはっきりしている場合でも、例えば完全無欠の代名詞にまでなっているクニドスのビーナスを作ったプラクシテレスの名前を知っている人は少ないのではないでしょうか。少なくとも、ソクラテス・プラトン・アリストテレス・アルキメデス・ユークリッドなどとは比較になりません。どうも、この時代の価値観では、このような抽象思考のほうが、手を動かして物を作るより遥かに高級だったのではないかと思われます。(え?今もそうですか?)
時代は変わって、身のまわりのものはすべて量産品になり、みずから作り出すものがどんどん少なくなってきました。そのために手作り品の希少価値が高まり、時にはもてはやされ、おどろくほど値段がつくこともあります。それでも名工がひねり出す茶碗とは違って、編物には何千万円もの値段がつくことはありません。その百分の一でもひっくり返りそうになる人もいるでしょう。
しかし、そんなに悲しむべきことではないかもしれませんね。それは、ガラスケースの中で一生袖に手を通されることもなく古びていくセーターがないということでもあるのですから。
2001年1月22日(月)
サンカ手袋の編図を追加しました。去年の暮れに佐藤ちひろさんからお借りしたサンカ手袋をずっと解析してきましたが、残念ながら完全な解読はできませんでした。とりあえず分かる範囲を編図と編み方にまとめて公開いたします。普通の作品には飽き足らないという腕自慢の方は、ぜひこの手袋に挑戦してみてください。今後も分ったことがあれば随時追加していきたいと思います。
2001年1月21日(日)
イギリスの毛糸メーカーの Rowan News Letter 2000年秋冬号に、セーターを着たペンギンの写真が載っていました。私たちはペットに服を着せるのはあまり好きではありません。まして鳥、しかも野生の鳥にセーターを着せるのはどうかな〜と思って記事を読んでみると、それは私たちの誤解でした。2000年初めにオーストラリアで原油流出事故がありました。これによって水鳥たちは被害を受け、身体に原油がへばりついて羽毛による保温機能が失われた鳥たちは、原油を洗い流す救出作業の前に次々と命を失っていたようです。そこで地元のニッターがゴム編みのニットパターンを作成し、ニュースで配信したところ、なんと1000着以上のセーターが届いたそうです。(実際に保護された鳥は200羽だったそうです。)今ではそれらのセーターは役目を終えて、水筒ボトルの保温に使われているそうです。
私たちはちょうどサンカ手袋の編図を作っているのですが、インターネットで編図を配信するのは本当に大変ですし、データサイズも桁違いに大きくなります。それを思うと、こういう事件のときに文字で表現できる英文ニットパターンは威力を発揮しますね。手早く書けますし、メールで送ったり、新聞に載せたりするのも簡単です。(いや、編図を作るのが面倒だからって、ぐちっているわけではありませんよ。ホント)
こういう事件・事故のときに、手編みの技術がレスキューに役立つこともあるのかと改めて驚きました。芸は身を助く、いや鳥を助くですね。ところで、日本からこのセーターを作って送った方、いらっしゃいますか?
2001年1月20日(土)
今日ユザワヤに行ったところ、毛糸売り場の人出が少ないのに驚きました。開店当初は、編物本の売り場にも人が群がっていたのに、今や特売コーナーにポツポツ人がいるくらいです。編物の季節も終わりなんでしょうかね〜?編物にオフシーズンのない、たた&たた夫には寂しいことです。しかし、私たちが昔からなじみの毛糸屋にいくと、たくさんの年配の女性がいっぱいで、熱気がむんむんしていました。やはりシーズン無視の編物ファンはこのようなお店にたむろしているようです。パソコンファンが、ジョーシンよりもT-ZONEに行くのと同じでしょうか。(よけいに分かりにくい例えですね、これは。)冬がトップシーズンというと、スキーもそうですね。ときどき、初夏というのにスキー板を持って山の斜面にへばりついたような雪の上を滑っている人がいます。私たちから見ると、そこまでして滑りたいのかな〜?冬まで待てばいいのに、と思ったりするのですが、編物をしない人から見れば、暑い夏に編み針持つ人の気が知れない、ということになるのかもしれません。まあ、夏糸だったりするのですが、編物をしない人にとっては、夏糸も冬糸も区別がつきませんから、”スキーは冬”というイメージと同じように、”編物は冬”というイメージがあるでしょうからね。編物ファンの中にも、冬は編物をして、夏はレースに変わる人も多いかもしれませんね。日本の「編物」という言葉はレース編みも含みますから、これは年中編物をしていることになるのでしょう。私たちのように年中「棒針編み」をしている人は編物人口の中の何パーセントくらいなんでしょうかね〜。そういう調査結果も見たことないし、もう少しこのホームページに来られる人が増えたら一度アンケートをとってみたいですね。
2001年1月19日(金)
ホームページをリニューアルしました。画面の同じ範囲内に、これまでの倍くらいの情報を詰め込むために色々なHTMLのテクニックを使っています。おかげで、Internet Explore と Netscape の各バージョンでの動作確認が大変でした。確認したのは、Netscape 4.04,IE 4.01,IE 5.0,IE 5.5 です。残念ながら、これより下位のバージョンでは正しく表示されない部分がありました。
今回のホームページデザインは、「ある程度オフィシャルで固いイメージ+情報が盛りだくさんで楽しい」というコンセプトで作りました。通販サイトなどが同じようなコンセプトで作られているのではないかと思います。なぜかというと通販の場合、オフィシャルな感じがないと、お金を払うのに不安がありますし、情報が多くて見るだけでも楽しいというようにしておかないと、ホームページに来てもらえません。いや〜、ホームページのデザインも奥が深いですね。今はとりあえずこれで満足していますが、そのうちまた変えたくなるかもしれませんね〜。ともあれ、個人で作る編物ホームページとしては異色のデザインとなったと思います。いかがでしょうか。よろしければ、ご感想をお聞かせください。
2001年1月18日(木)
このホームページを作ってから、もうすぐ4ヶ月になります。最初の頃を覚えている方おられますか?編ぐるみの写真一つとパターン解説だけでした。今では、メニューの項目もいっぱいになってきて、リビングにあるノートパソコンの解像度800×600ではフルスクリーンにしてもメニューの下が切れてしまいます。これ以上項目を増やすにはホームページのデザインを変えないといけません。どうすれば小さい画面に要領よく情報を収められるか、先週から検索エンジンなどのサイトの画面デザインを見て、参考にしてきましたが、だいたい新しい画面構成も決まりましたので、週末にはこのサイトをリニューアルします。
今回、他のホームページを色々と見回りましたが、ホームページのデザインも難しいです。デザインとしてきちんとスマートにできていればいい、というものでもなさそうです。あまりにもデザインが決まりすぎていると来た人が息苦しく感じたりします。色使いなども同系色のみでまとめると失敗はないですが、面白味にかけます。これは人によって違うかもしれませんが、私たちが「また行きたい」と思うようなホームページは、少々破れ目があってもライブ感・生命感があるようなページが多いようです。うまい言葉で言えないのですが、例えば新聞のチラシでも、デザイン的なまとまりよりも、「ワクワク感」のほうが大事な気がしませんか?枠からはみ出るような文字で¥9,800とか書いてあるのはデザイン的には下品なのですが、チラシはやっぱりこうでなくては、と思ったりします。実は、フェアアイルのデザインや色合わせをする際も、いつもこのように「上品にまとめるか」「ビビッドなワクワク感をとるか」悩みます。ホームページとチラシとフェアアイルに共通するのであれば、これはもしかすると創作の根本に関わるものすごく重要な問題なのかもしれませんね。そんなことはないか〜。
2001年1月17日(水)
編物が好きな方は、よく「いつかお店を持ちたい」とか「プロになりたい」というような夢を語ります。自分の好きなことで生活の糧が得られればそれに越したことはないとは思いますが、編物の店だけで生計を立てるのは気の遠くなるようなことではないでしょうか。マンガ家の北原菜里子さん著作の「少女マンガ家ぐらし」(1993,岩波ジュニア文庫)という本があります。北原さんは子供のころからマンガを書くのが好きだったようです。やがて「りぼん」という雑誌からデビューしてプロのまんが家となるわけですが、好きで書いていた頃からプロの試練を経て成長していく過程が、驚くほど素直に書かれています。プロになっていく過程で、いったい商業誌で描くということはどういうことなのだろう、自分を表現するということは何なのだろうと迷い、スランプに陥って描けなくなってしまうのですが、この創作の苦しみや疑問がまるで自分のことのように思えて、本を読みながらつい声援を送りたくなってしまいます。
スランプの原因を単純に書けば、当初自分の好きなもの、描きたいものを描いていたのに、やがてプロとして読者を意識して描いていかねばならないことに気づき、意識するあまり、本当に自分の描きたいことは何なのかを見失ったためのようです。しかし、この疑問は創作活動にとって根本的な疑問ではないかと思います。もちろん簡単に答えの出せることではないでしょうが、この疑問に真剣に向き合わないかぎり、どんな分野でも創作のプロにはなれないような気がします。その意味では、単純に好きだからそれで生活したいというのは甘すぎると言わざるをえません。しかし、一方で物事の根本はそう難しくなくて、北原さんがスランプを脱出できたのもやはりマンガが好きだという自分の気持ちを再発見できたからのようです。
(まんがとは自分にとって)子供の頃は遊び道具だったし、思春期には自己表現の方法、はけ口だったし、学生時代は息抜きのひとつでもあった。今は、生活のためというのが大きいけれど、でも続けている理由はそれだけはない。大富豪と結婚したって、描きたいと思う気持ちはなくならないだろうな。編物好きの方なら、この文章の「マンガ」を「編物」に、「描く」を「編む」に変えて読んで、大きくうなずかずにはいられないのではないでしょうか。
今あげてきたような魅力をマンガに感じていて、それが大好きである限り、この気持ちには変わりがないと思う。ずっと描きつづけているからそれが自然になってしまって、多少の苦労は伴っても、描いているほうが安心する。悩んでしまって「もうやめてやる!」と思うことがあっても、結局帰ってくるのはここだという感じで、性懲りもなくつづけているのだから。
2001年1月16日(火)
'Knitting By The Fireside And On The Hillside'(Linda G. Fryer,1995,The Shetland Times Ltd)、今日この本がエアメールで届きました。題名がいいとは思いませんか?「暖炉の側と丘の上の編物」です。詩の一節からとられたとのことですが、脚韻の効いた素晴らしい書名です。この本は編物技法の本ではなくシェットランドの編物の歴史書なのです。序文を少し訳してみます。
伝統的にシェットランド経済は、漁業、小規模農業、編物で成り立っていた。大雑把に言えば、漁業からの収入を借金の返済にあて、農作物は自家の食料となり、編物は家族の衣類となると同時に地域経済の副収入となっていた。手編みがシェットランド経済に常に果たしてきたこのような重要性にも関わらず、歴史家には価値を認められず放置されつづけてきた。すなわちシェットランド編物産業に対する包括的な研究は、これまでまったくなされてこなかったのだ。これが、本の始まりです。重要な役割を果たしてきた編物の歴史が、なぜここまで軽く扱われなければならないのか、その憤りが文面から伝わってくるような気がします。表紙の写真は、二人のシェットランド女性がカメラのほうを向いて立っているものです。厚手のブラウスに長いスカートをはき、背には籠にあふれるほどの泥炭をかつぎ、そして手には靴下を編む針が輪に握られています。顔は黒く、逞しい身体は男性を思わせます。表情には一点の陰りもてらいもなく、静かにカメラを見つめています。彼女たちはこれから写真の遠景にある丘の向こうへこの泥炭を運んで行く途中なのでしょうか。
「靴下一足は15Kmで編み上げます。」
2001年1月15日(月)
突然ですが、電車やバスの中で編物をしますか?この間インターネットをぶらぶらしていたら、「電車の中で編物するのはけしからん!」というような主張を読みました。「〈編物〉術・毛糸に恋した 」(群ようこ著,晶文社,1986)では、その対策として輪針を使う、という提案をしています。これだと針が短いため電車の座席で両隣の人の顔先に針が行かない、ということです。なるほど、と思いましたが、ふと昔のことを思い出すと、電車の中で編物している人は今より多かったはずですが、新聞の投稿などで、けしからん、というような意見はあまり目にしなかったような気がします。まぁ、住宅街の中に鉄工所があって、朝から晩まで溶接の火花を散らしていても、ある程度容認された時代でしたから、そんなことに一々文句を言わなかっただけかもしれません。しかし、昔と今とでは「編む人」に対する見方が変わってきていることもあるのかもしれません。昔、電車の中で編んでいる人はだいたい子供や家族のものを編んでいた、すくなくとも周りの人をそのように思っていたようです。だいぶ前になりますが、快速電車の中で編物をしている女の人の向かいに座った老夫婦が、微笑みながらじ〜っと何も言わず編む手元を見続けていたことがありました。おそらく、話し掛けるとじゃまになると思ったので黙っていたのでしょうが、とても印象的な光景でした。「母さんの歌」にあるように、木枯らしから子供の手を守るために、寸暇を惜しんで編物に励む母親、というような暖かいイメージが編物に込められていたように思います。
ところが、時代は変わりました。おばあちゃんが寒いだろうと厚着をさせようとすると、寒さへの抵抗力がつかない、とおかあさんに反対されたりするようになりました。寒い思いをさせたくないのなら、スーパーに行けば暖かい手袋が安い値段で手に入ります。このような時代では電車の中で編物をする人は、もはや趣味で編んでいるとしか見てもらえないでしょう。それなら、周りの迷惑にならないようにしろ、というのも分かります。そのためかどうか分かりませんが、この前、バスの座席で大きな紙袋を出して、紙袋の中でこそこそ編んでいる人がいました。本人は一生懸命隠しているつもりなのでしょうが、紙袋がガサガサいうので、余計に周りの人が怪しんで振り返ったりしているのですが、それにも気づかず編んでいました。こんな人は仮に、車内アナウンスが「え〜、バスの中ではぁ〜携帯電話とぉ〜編物は〜周りの方のご迷惑になりますのでぇ〜ご遠慮願います〜」と流れても編んでいそうですね。厚かましいと怒るか、見上げた根性だと心の中で拍手を贈るか、さぁ、あなたはどっち?
2001年1月14日(日)
編物好きの方から、編物の話をできる相手がいなくて、というメールをいただきます。私たちは、夫婦で編物をしていますので、編物の話題をする相手には事欠きませんが(笑)、自分の熱中している趣味を興味の無い相手に話すほど気の抜けることはないでしょう。仮に「うまい」と言ってくれたとしても、こちらが思うツボをついてくれないので、もう一つ嬉しくないんです。ちょっと前に、編物をしない友人に最新作を見せたら「上手い!」と本気で誉めてくれたのはいいんですが、その後「目が揃ってる!」と言われて、がっくり。そういうところを見てほしいじゃないんだけどな〜。あなたも、きっとこんな経験ありますよね。
編物は女性の趣味ということになっていて、男性はほとんどしないのですが、逆にパソコンの組み立て、という趣味は普通は男性のもので、女性ではまっている人は少数です。「PC/AT手作り奮闘記」(Hikaru著,ソフトバンク,1993)という本はパソコン作りにはまっている夫婦の話で、奥さんが書いています。
「おかーさん、上の右から三番目のピンにはんだゴテあてて」このようなほのぼのとした会話がとても楽しい本です。しかし、旦那さんがパソコンにまったく興味が無い人の場合は大変なようです。前にパソコン雑誌で、パソコン組み立てにはまっている女の人の連載を立ち読みしたのですが、旦那さんと子供を寝かしつけてから真夜中までパソコン組み立てをしていたら、マシンが火を噴いて、慌てて消したのはいいが、それを知られるとまた止めろと言われると思い、寒い夜中に部屋の匂いが消えるまで窓を開けて震えていた、という話のあとでこの本の夫婦が心底うらやましい、と書いていました。しかし、と編物に理解の無い夫をもった人なら言いたくなるのではないでしょうか。旦那さんをパソコン好きにさせるほうが、編物を教えるより、ずっとやさしいではないか、まだ恵まれている、と。
「はーい」
「せーの」
シュポン。
「はい、次」
「はい」
「こういうとき、結婚してよかったと思うんだよな。一人だと手が足りない」
2001年1月13日(土)
「手づくりタウン」の掲示板で質問があったため、急遽「増目技法」に巻き増目とねじり増目の方法を追加しました。これは仮公開で、増目や減目などの技法はきちんとまとめてから改めて公開します。そのため、New羊もつけていません。
編物の歴史の本当の起源は今でもよく分かっていません。理由の一つは、繊維という素材が朽ちやすく資料が残されていないことです。同じく失われやすい素材に紙があります。王義之の時代までさかのぼると、書聖と崇められるような人の書でも、紙にかかれた書で残っているものはごくわずかです。ほとんどが碑文に刻まれた字を写した拓本なのです。歴代皇帝が大事にしてきた国宝の中でも最高の位置にある書ですらこの状況です。まして、履き古した靴下においておや!よほどの幸運でもないとメリヤス編みの起源を解くことは望めません。でもいいのではないでしょうか。伝統は美術館の奥深くではなく、今まさに私たちが靴下を編めることそのものに生きて伝わっているのですから。
2001年1月12日(金)
ホームページに検索窓をつけました。正直言って、ちょっと見栄入ってます(笑)。しかし、いつかこの検索機能が本当に役立つようになるまで、ホームページを充実させて行こうという決意の現われでもあるんです。「初めてのマフラー」「フランス式」、こういう基礎の説明は最も難しい内容でした。逆にこれからは順々に増やしていけばいいことばかりで楽になっていくと思います。今のホームページは計画の10分の1にも達していません(しかし計画自体も膨らんでいくんですが...)。これからもどうぞご愛読お願いします。
2001年1月11日(木)
世には天才的な腕を持った職人がいるようです。一番有名なのは左甚五郎でしょうか。ただ私たちは関西人で東照宮には行ったこともないし、江戸落語にも疎いので、伝説の名人としては出雲の指物師、小林如泥をあげたいと思います。石川淳「小林如泥」(中公文庫、「諸国奇人伝」内)には面白い伝説がたくさん収録されています。酒代の代わりに亀の彫物で済ませようとして酒屋のおやじは渋い顔をしたが、その彫物を水に入れると泳ぎ出し、それを見にくる人で酒代以上にもうかった、とか。杉の四分板に五寸釘を打って菓子器を作った、というような逸話はどれも楽しいものです。しかし、私たちは次の二つが特に面白かったです。
(中公文庫「諸国奇人伝」は旧字旧かなづかいですので、まさかとは思いますが、通販で購入される場合はご注意ください。)
2001年1月10日(水)
一時、手編みのセーターは人気がなくて、見掛けることはほとんどなくなっていましたが、今年来た年賀状に写っている子供がファアアイルセーター着てたり、ブティックでもフェアアイルもどき?のセーターやマフラーが売られていたり、街でもロピー風のセーターを着ている人を見掛けたりするようになりました。機械編みと手編みの違いが一番はっきりするのはアランセーターでしょうが、なわ編み部分が平面的にだれた機械編みの編目を見ると、やっぱり手編みは偉い!と思ってしまいます。
この間市場を歩いていたら、前を行く人がアランセーターらしきものを着ていたので、近づいてみたらどうも手編み風なんです。へぇ〜アランも流行に復活したのかと、もっと近づいたら、若いと思ったその人はかなりの年配の方で、アランセーターもすごい毛玉だらけでした。う〜ん、これは毎年着ているのか、それとも昔編んだのを久しぶりに引っ張り出してきたのかと、考えていたら市場の人込みに見失ってしまいました。いったいあの人は流行を無視し続ける人か、はたまたとても流行に敏感な人か、どっちだったと思います?
2001年1月9日(火)
技術というのは時間と共に向上するという思い込みは相当強いものがあります。しかし、たとえば中国の青銅器は、殷の時代のものがもっとも素晴らしく、周や戦国時代のもので殷の青銅器に匹敵するほどの名品にはまず出会えません。青銅の殷器は現在の技術をもってしても再現不可能ということです。殷の時代は奴隷の時代で、奴隷の命はとても軽く、ことある毎に生け贄として殺されていたようです。後世の、焚書坑儒で悪名高い秦始皇帝でさえ、自分の墳墓を焼き物の軍隊で守らせましたが、殷の墳墓では実際の人間や馬が埋められていることがあったそうです。おそらく黄泉の軍隊として働かせるために殺されたのでしょう。世界中の好事家の垂涎の的である殷器を作ったのも奴隷です。殷の青銅器は怪物のような動物をかたどった酒器が多いのですが、渦巻くような生命エネルギーが本体から発せられていて、見るものを釘付けにする迫力を持っています。作家の陳舜臣氏は、これは役に立つものを作れなければあっさりと生け贄にされてしまう時代にあって、生存をかけて作り上げた工人の生命エネルギーではないか、という意味のことを書いておられます。見るものの魂を奪うか、自分の命が奪われるか、この極限状態から生み出された芸術がその後の時代に見られないのは、むしろ心の安らぐことではないかと思います。
これほどの極限状態ではないにしても、「紀行アラン島のセーター」(伊藤ユキ子,1993,晶文社)を読むと、著者の伊藤ユキ子さんは当初、海に働く夫の安全への祈りを込めてセーターを編む妻、というロマンチックなアランセーター伝説を追ってアラン島に渡るのですが、現実はもっと厳しいものだったと知らされたといいます。
(前略)観光客が呼べるということに気づくまで、島は手のほどこしようがないほどの貧困におおわれていたという。そんなどん底生活のなかで、女たちは編みに編んだ。趣味でもなく内職でもなく、もっと切迫したもの、家族の生をつなぐために編んでいたというのである。遠い未来の人からどう評価されるかは分かりませんが、現在を生きている私たちにとって、楽しみながら編物ができるということはこれ以上ない幸せなことだと感じずにはいられません。
2001年1月8日(月)
編物の歴史の本を読んでいると、中東から発掘された大体5世紀ごろの「コプト人の靴下」から始まるんですが、突然15世紀の貴族や聖職者用のシルク製手袋やストッキングに飛んで、その後、フェアアイルやらアランセーターになります。なにか断絶ありすぎませんか?実用品→貴族奢侈品→実用品(商品)ですからね。私たちはちょっと気に入りません。中世にはニットの靴下はなくなっていたんでしょうか?いや、もちろんあったはずです。「名画による歴史探訪」(ローゼマリー・ハーゲン、ライナー・ハーゲン,岩波書店,1996)によると、スペインのフェリペ四世に嫁ぐため、ウィーンからマドリッドにむけてマリアーナ王女が移動中に通ったある町で、職人たちが彼女に百足の靴下を献上しようとしたことがあったそうです。
同行していたスペインの執事長はこれを無礼とみなし憤然と突き返して、こう言った、「スペイン王妃には[下々のような]脚などござりませぬ。」するとマリアーナがぎょっとして聞いたそうな、マドリッドに着くと脚は切られてしまうのか、と。このようにヨーロッパ貴族の目で見ればニットの靴下って下々の取るに足らないものだったわけですが、そのような価値観に影響される必要はないんではないでしょうかね〜。そもそも中世において編物の中心地が果たしてヨーロッパだったのか、という疑問もありますけど。
2001年1月7日(日)
長い間探していた本'Knitting from the Netherands'を入手しました。この本は、現在のオランダにあたる地方の漁村に伝わる伝統ニットを古い写真をもとに解説しています。小冊子ですが内容はとても濃い本です。写真を見ると、この地方のセーターはイギリスの「ガーンジー」セーターとそっくりだと分かります。オランダの漁師は漁期にはシェットランドにキャンプをしていたらしく、お互いに影響を与え合ったということです。ガーンジーは表編みと裏編みによる模様が中心ですが、この本によると縄編みは「非経済的な」編み方だということであまり使われなかったようです。「非経済的」というのは要するに余計に毛糸が要るという意味でしょう。羊毛用羊の毛は大事な収入源だったため、漁師は売れない部分の毛や肉用羊の毛を自家用に使ったようです。これらの毛は短いため、堅く撚る必要があったようです。現在でもガーンジーセーターは強い撚りの糸を使いますが、こういう理由だったんですね。
2001年1月6日(土)
1月3日に書いたように、大きな画像をすべて個別のHTMLとしました。これで、ローカル側にデータを持ってきてオフラインで見ている場合でもオンラインと同様に参照できます。大きな画像の必要性は今一つ分かりませんが、とりあえず今までよりも環境はよくなったと思います。もし、一括ダウンロードされている場合は更新していただければローカル参照が便利になります。
去年から、なんか伝統ニットのマイナ〜なパターンを色々探して入手してます。どこまで役にたつか、ちょっとわからないものばかりですが、手書きの汚いパターン図、焼けて茶色になった紙、タイプライタを印字したような文字、手書きの汚い広告、トルコ・イスタンブールとかの印刷、これらが一体となって宝捜しの地図のような雰囲気を醸し出しているんです。フルカラーの本も楽しいんだけど、こんなわけの分からないのが入手できると意味なく嬉しくなってしまうんですよね。
2001年1月5日(金)
今日、新しい洋書を入手しました。この本に、世界各地のさまざまな編み方を説明した記事がありました。なかには、にわかに信じ難いような編み方があり、驚きかつ感心しました。文章が中心なので実際にどのような編み方をしているのか分かりにくいのですが、実際に試し編みし、解読してからまたお知らせしたいと思います。これを見ていると、一つの国は一種類の編み方かどうかも疑問になってきますが、なにより面白かったことは、この本の中で紹介されているフランス人のニッターは、「フランス式」ではなく「アメリカ式」で編んでいたことです。(アメリカ式でかつ右手は鉛筆持ち)実は日本で「フランス式」と呼ばれる編み方は英語では「Continental Method」つまり「大陸式」と呼ばれていて「French Method」ではないのです。「フランス式」の編み方が主流なのは「ドイツ」の方みたいです。そしたら日本で「フランス式」と呼ばれるようになったのはなぜ?謎です。ご存知の方はぜひ、メールで教えてください。
2001年1月4日(木)
佐藤ちひろさんからお借りしたサンカ手袋の解析を続行中。編目など表から見えるところはルーペである程度は分かりますが、作り目や拾い目などは編地の裏側になり、編み込みの渡り糸の間に埋もれているため、ほとんど判別できません。一時間ほどルーペを覗き込んでいたら肩がとても痛くなり、今日は中止。しかし面白いことがわかりました。一つは、輪編の段が変わる部分が常に指の側面になるようにしていたこと。ちょっと見てもわからない部分だけにさすが、という感じでした。もう一つは減目はいつも左上二目一度にしていたこと。日本では左右対称にになる編地は左上と右上を使い分けますが、この手袋は常に左上二目一度にします。これくらいゲージが細かいとどちらを使っても似たようなものですから、かまわないのでしょう。編図を起こすまでにはまだ色々な発見があるかもしれませんね。本当に楽しみです。
2001年1月3日(水)
「フランス式裏編み」ができてからなんか疲れがでたのか、昨日・今日と二人とも朝寝してしまいました。この大きな負債を清算して、これからは好きなコンテンツをできるので、ゆっくりしながら色々とアイデアを暖めています。昨日、大きな画像をCGIで実現するようにしたのですが、今日はCGIではなく、一つ一つHTMLにしたほうがいいかな〜とか思い返したりしています。追加する内容に関してご希望があればメールくだされば、検討させていただきます。そのうち、アンケートのページなども作りたいと思っています。
2001年1月2日(火)
私たちのホームページは表示を軽くするため、極力画像を小さくすることを心がけています。ただ、必要に応じて大きな画像を見られるように、画像自体をクリックすると大きな画像が表示されるようにしていました。しかしパソコンの設定によって、画像が表示されないでダウンロードのダイアログボックスが表示されたり、表示に時間がかかったりしていました。これに対処するため、サーバー側でCGIプログラムを作成して、画像ファイルそのものではなく、動的にHTMLファイルを作成して応答するように変更しました。同時に、画面に[BACK]ボタンを配置して、これを押すともとの画面に戻れるようにしました。これまで、大きな画像が見られなかった方は一度動作を試してみてください。なお、この変更の結果、私たちのホームページをダウンロードツールを利用してサーバーから一括ダウンロードされている場合、ローカル側では画像をクリックしても大きな画像が見られないか、サーバーに接続しようとするようになります。その場合はお手数ですが、ローカルディスク内のファイルを検索して、直接ご覧くださるよう、お願いいたします。
2001年1月1日(月)
明けましておめでとうございます。今年も「たた&たた夫の編物入門」をよろしくお願いします。
「フランス式裏編み徹底図解」とうとう完成しました!いや〜、今度は本当に難産になりました。「裏編み」を仕上げない限り他のテーマに行けないと思うと余計に進まないんですよね。なんか未払いだった大きな税金を払い終えたような気がします。今回は解説に加えて新しい裏編みの練習方法「たた式練習法」を説明に加えました。これからフランス式裏編みを覚えようという方、また、ご自分の裏編み方法に納得がいかない方、ぜひ一度トライしてみてください。
また、難産の「裏編み徹底図解」のご意見・ご感想をお待ちしております。ふぅ〜。