| 更新履歴とよもやま話 | ||
| ホームページの更新履歴と編物関係のさまざまな話題を取り上げます。 | ||
| 2001年2月28日(水) | |
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本日発売の「Yahoo!インターネットガイドJapan」2001年4月号、P271の「サーファーのオススメ」に掲載されました!このような情報は、読んでいただいている方には面白くもなんともない事なので、これまでできるだけ短く書いてきましたが、今回は特別です。Yahoo!への申請(一日数千)→登録(一日300前後)→今日のオススメ(一日4)→サーファーのオススメ(月11) という超厳しい倍率の選抜に選ばれたのですから、本当に嬉しいです。コメントも短いのですが的確で、驚きました。今月のオススメ11サイトのうち、8つは企業・団体で、個人サイトは3つしかありませんでした。「たた&たた夫」のようにもろに個人サイトとわかるタイトルをつけると、Yahoo!には登録してもらえないという噂が流れていましたので、申請から登録までの7週間、本当にやきもきしましたが、振り返ってみれば地道にやってきてよかったな〜と思います。今、最も地味なコンテンツをやっていてちょっとノリが悪いのですが、企画は腐るほどありますし、希望もたくさんいただいていますので、さらに内容を充実させていきたいと思います。 | |
| 2001年2月27日(火) | |
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アメリカの著作権の有効期限が20年延長されることになったそうです。私たちのようにホームページを作ったり、編物のデザインなどの創作活動をする人にとって、著作権は良きにつけ悪しきにつけ無視できません。特に最近は著作権問題がクローズアップされたり、ニュースになったりします。著作権に関してはベルヌ条約という国際条約があり、日本もこれに加入していますが、条約では著作権表示(Copyright(C)など)は義務づけられていませんので、著作権表示をしなくても著作権は発生します。しかしアメリカの条約加入が1988年と、かなり遅かったこと(日本に遅れることなんと100年です)、現在でも条約に加入していない国もあることから、今でもやはり著作権表示は念のためにしておくというのが一般的です。 著作権というと著作物を作った著作者の権利という感じがしますが、英語のcopyrightという単語は良く考えると「版権」です。つまり、著作者ではなく、出版・印刷・発行者の権利です。法政大学の白田 秀彰助教授のサイトにある「コピーライトの史的研究」という論文を読むとこのあたりの事情がわかり、目からうろこという感じです。この論文はかなり専門的です。もう一つの著作権の話 -- 中学生、高校生のための著作権の基礎理論 --のほうは初心者でもとてもわかりやすく著作権の概念を説明していますので、著作権に興味がある方の入門書として最適な文書だと思います。 | |
| 2001年2月26日(月) | |
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引上げ目を追加しました。JIS L 0201 編目記号完全制覇まで、あと2種類。 今日は、ナンシー関著「テレビ消灯時間2」(文春文庫,2000年8月10日)を再度とりあげたいのです。今回は、ナンシーさんが「夜もヒッパレ」というテレビ番組を取り上げている98年5月21日の回です。ナンシーさんは、「夜もヒッパレ」が最近、歌唱力至上主義のようになってきて歌が上手い歌手やグループの登場回数が増えてきているということを指摘したあと、次のように評します。 しかしなあ、この人たちが歌い上げれば歌い上げるほど「嬉しくない」のは何故だろうか。ひとつも嬉しくないのである。一般論として、特別に高い能力を目のあたりにすることというのは、何らかの喜びや感動を引き起こすもののはずなのに。たとえばSMAPの歌を、完璧な音程とゴージャスなハーモニーでサーカスに歌ってもらったところで、さあどうする。嬉しいか?私の胸には「歌が上手いということは、何と無力なんだろう」という思いが浮かぶばかりだ。うぅ。この本のあとがきで宮部みゆきさんが、ナンシーさんの文章は痛い、という意味の解説をしていましたが、文字どおり、なんと痛い文章でしょうか。私たちが何とはなしに聞き過ごしてきた「上手いけれどまったく感動のない歌」をこうも見事に射抜いた文章があったでしょうか。これに匹敵するほど痛い文章といえば、「今日の芸術」(岡本太郎著,1973,講談社文庫)くらいしか思い付きません。 古今の名画傑作が数多く集められているパリのルーヴル博物館あたりに行って、見回すと、ただちにピンとくる厳粛な事実なのですが、いつの時代でも、ほんとうにすぐれたものはけっして「うまい」という作品ではありません。むしろ技術的には巧みさが見えない、破れたところのあるような作品のほうが、ジカに、純粋に心を打ってくるものを持っています。美術史をつらぬいて残されているものも、けっきょく、そういう作品です。 なぜこれらの文章が痛いのか。言うまでもなく、技術的に優れていてもなんら感興を引き起こさない作品が多すぎるからです。そしてそこから抜け出す方法を私たちがまだ見出せていないからに違いありません。 | |
| 2001年2月25日(日) | |
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私たちは毎回「毛糸だま」発売日を楽しみにしています。発行日当日にはすぐに入手して、二人で隅から隅まで読みます。実はもう一誌「楽しい熱帯魚」も楽しみにしています。といってもこれは「おやぢと魚といろはにほへと」という連載小説を読むためなのですが...。普通、趣味雑誌に載っている4コマ漫画とか小説はたいてい一般誌のものに比べて大きく劣ります。しかし「おやぢと魚といろはにほへと」はかなり文章のたつ人が書いて意外に面白いのです。話は中年(41歳)のお父さん中島虎之介が、ふとしたきっかけで熱帯魚にはまって、いろいろなトラブルを巻き起こすというストーリーですが、趣味に入れ込んでビョーキになった人の習性が巧みに描かれていて、毎回本屋で立ち読みしながら笑いをこらえるのに大変です。サブタイトルは「業界初!?熱帯魚私小説 どこまで本当なんだ〜!?」となっています。う〜ん。このネタ、おいしいな〜。私たちも書かせてもらえないですかね〜。「おやぢとニットといろはにほへと」。例えば、主人公虎之介とその妻久美子の会話。 【お詫び】今日は、元の小説を読んでいないとわからない楽屋オチになってしまいました〜!! | |
| 2001年2月24日(土) | |
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私たちは広瀬光治先生のファンです。どれくらいファンかというと、上京したおり三省堂書店のサイン会場に行ったくらいです。しかし、本を買わないとダメだということがわかり、サインはもらえませんでした。しかし、困ったことに(困る必要もないのですが)、私たちはナンシー関さんのファンでもあるのです。どれくらいファンかというと、サイン会ならぬ「スタンプ会」(ナンシー関さんは消しゴム版画家です)に時間前に並んで、買った本にスタンプを押してもらい、あまつさえ、たた夫が本に版画を押してもらっているところを、たたが激写!した写真を持っているくらいです。 この二人の間連をご存知ない方は、ナンシー関著「テレビ消灯時間2」(文春文庫,2000年8月10日)を買ってみてください。広瀬先生に対するこのような記述があるはずです。(週間文春の掲載日は '97,12,4) 気になっていた人もかなり多いとは思うが、かなりのキャラクターである。ひとことで言うなら「フェミニン」。おそらく三十代と思われる男性ではあるが、その女らしさと言ったら抜群である。きゃしゃな体を、毎回自作のニット(絶対に肩パッドが入っている)に包み、どんな事があっても両ヒザをピタリとくっけて座るたたずまいは民放という空間に置かれたらば瞬時に「餌食」とされるであろう。 う〜む。「三十代」→「四十代」のようにディテールでは違いもありますが、この描写力はすさまじいです。これに対して、広瀬先生は「クロワッサン」1999年8月10日号で次のように語ります。 「それを(たた注:ナンシー関さんのコラム)講習会に来ていた会員の前で読んで、どう思うかを聞いたんですね」 ナンシー関さんが広瀬先生のファン?う〜ん。それじゃ、それじゃもしかしてナンシー関は神田うのや、サッチーのファンでもあったのくわぁ〜〜〜。もう私たちには判断できません。最後にナンシー関さんのコラムの続きを引用して終わりたいと思います。 広瀬先生は、このまま結界の中でしあわせに過ごしてほしい、と思う反面、民放に引っぱり出されて凌辱される姿も見たい気もするが。 | |
| 2001年2月23日(金) | |
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一般社会では、編物はやはり冬のものだな〜と思います。私たちのホームページも寒波がやってくると、来てくれる人がぐっと増えて、春めいた陽気になると、減ります。家の水槽にはヤマトヌマエビというエビが棲んでいます。水槽は一年中タイマーで正確に一日8時間照明が入り、水温はこれも四季に関わらず常に摂氏25度に保たれています。しかし不思議なことにこの季節になると抱卵します。いったいどのようにして季節を知るのでしょうかね〜?照明が入っていない時間は水槽には覆いが掛けられているので完全に闇になっています。本当に不思議です。 夏でも最高気温がある温度まではアイスクリームが良く売れるが、それ以上になると今度はかき氷が売れるために、コンビニなどでは次の日の気温の予想が仕入れに大事な情報で、気象予報会社から特別に予報を買うのだということです。編物サイト全体の来訪者数が分かれば、その日の最低気温と一緒にグラフ化すれば面白い結果が得られるかもしれません。来年卒業を予定している大学生の方々、一つ卒論のテーマにいかがでしょう? | |
| 2001年2月22日(木) | |
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もともと羊毛王国だったイギリスでは、最近、手編みの人気がなく、小さな毛糸屋が次々と店をたたんでいるという話を前に聞いたことがありました。それは私たちにとっては噂でしかありませんでしたが、今月の初め、イギリスのある毛糸屋から一通のニュースメールが届きました。内容は、ロンドンのお店をたたんで、田舎に移転するというものでした。それを読んでイギリスの毛糸屋の不景気を実感しました。やはり、ロンドンで毛糸屋を続けていくには、賃料が高すぎるのが原因ではないかと想像します。イギリスの毛糸屋の不景気というのはどうやら本当のようです。 そのお店は移転でしたが、イギリスで閉店するような毛糸屋があれば、そのお店の毛糸を全部買い取って、自分たちで「毛糸屋」を開いてみたいなぁ、なんて思っています。古びたブリティッシュな雰囲気のお店にしたいですね〜。でも、仕入れのあてがないので、開店早々「売り尽くしセール」になってしまいますね。(笑) | |
| 2001年2月21日(水) | |
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最近少しずつ暖かくなってきて、編物シーズンも終わりに近づいて来ているようですが、世界的に見てどうなんでしょうかね〜。ローワンマガジンなんかを見ると、春夏物でも結構分厚い感じなんですが、やはり気候が関係しているのかもしれません。日本の蒸し暑い夏では、いくら綿素材などを使ってもニットではすごしにくいですよね。透かし編みとかでなんとか涼しくしようとしても限界がありますしね。最近の地球温暖化のせいかと思うと、そうでもないようで「木綿以前の事」(柳田国男,1979,岩波文庫)を読むと、木綿以前の日本の繊維は麻だったようです。麻と言っても「一反二十円もするような上布」ではなく、「太い重い蚊帳だのたたみの縁だのに使うのと近い、至って頑丈なもの」ですが、体にフィットしないためとても涼しかったはずです。しかし綿の肌触り、色染めが容易なことなどの魅力には抗することが難しかったようで、麻の衣服は廃れていったということです。また、「ただ夏ばかりは単衣の糊を強くし、或いは打盤で打ちならして、僅かに昔の麻の着物の心持ちを遺していた」という記述があります。たしかに子供の頃の浴衣はやたらに強く糊が附けてあって、初めて袖を通して祇園さんにいったりすると帰りには首のあたりが擦れて痛くなったしたものです。そんなバリバリの浴衣もなくなりましたね。一度、木綿のニットに糊を強く掛けて固くしたものを、常夏ニット作品として発表してみてはどうでしょうかね?案外パリコレあたりで新しいブームにならないとも限りませんよ。いや、ヨーロッパの気候では駄目か〜。 | |
| 2001年2月20日(火) | |
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ひとくくりに言うのも問題ですが、最近の日本の編物本で面白いものは少ないです。どれも似たような構成で、熱気が伝わってくるような本に出会うことがなくなりました。ソフトウェアでも「気合の入った」ソフトと、「仕事だから」と作ったソフトは、ちょっと動かせばたちまちわかります。最近出会う編物本はたいてい「仕事だから」系の本のように思えます。昔はよかった、というのは歳をとった証拠なので言いたくはありませんが、昔の「アツイ」編物本を一冊紹介したいとおもいます。「チャレンジニット男が編む!!」(日本ヴォーグ社,1983)です。 この本はそれまでの編物本とはまったく違います。いきなり男性の編物未経験者にセーターを編まそう、というのもハチャメチャな企画ですが、そのセーターたるや、手抜きなしのクルーネックセーターで、脇のカーブも肩下がりもちゃんとあります。さすがに襟の止めは二目ゴム編止めではなく引き抜き止めですが、それでも初心者には大変な代物です。そのあともVネックアーガイルベストだのアランセーターだの、のけぞるような難物ぞろいです。作品だけではなく説明も、すべての動作を写真で説明するのですから大変な手間がかかっています。写真に写っているのは説明する作品そのものですから、使いまわしができません。ちょっとした隙間つぶしのコーナーも、読者に実際に編ませた体験記など手間のかかるものばかり。ところどころに書き込まれたメッセージも思い入れたっぷりで、表紙には「その昔、編物は男の仕事だった。海の男たちの手でフィッシャーマンセーターは生れた!!編物は今男達の手にもどる。この本を男に限らずすべてのチャレンジャーに贈る。」で、アランセーターの説明の最後は、「これを処女作に選ぼうという読者は、相当の覚悟と期待を持って取りかかってもらいたい。完成を祈る!」です。まぁ、表紙の文句は、前半は男が編むのだ!って突っ張ってて、後半は誰でもいいから買って、って軟弱になってるし、アランセーターの文句も良く読めば、結構無責任な感じなのですが、そのような揚げ足取りを問題にしないほど、紙面から熱気がムンムンと伝わってくるのです。(いや〜それでも第一作にアランはちょっと...?) チャレンジニットシリーズは4まで出ましたが、一番面白いのはやっぱり1です。(1という番号は入っていませんが)古本屋・図書館で割に見掛けますので、興味があるかたは迷わずゲットすることをお勧めします。 | |
| 2001年2月19日(月) | |
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インターネットはグーテンベルクの活版印刷以来の大発明なのだそうです。インターネットは究極の巨大印刷機だという意味でしょうか。実際私たちもインターネットが無かったら知り得なかった情報をたくさん見つけました。残念ながら編物に関してはあまり面白い情報に出会えませんでした。しかし、他のジャンルのホームページにはすごいものがあるんです。むっちゃくやしい、編物だって....、っていうのがこのホームぺージを作った一つの動機ではあるんです。まだ胸を張れるようなサイトには程遠いんですが、夫婦ふたりの編物ファンとして他のジャンルに負けないページにしたいなという気持ちはありますね。まぁ、私たちの動機はそれほどたいしたものではないんで、例えば岩波文庫にある岩波茂男氏の「読書子に寄す」を読むと圧倒されてしまいます。 真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かっては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより開放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。(中略)この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠の事業として吾人は微力を傾倒し、あらゆる犠牲を忍んで今後永久に継続発展せしめ、もって文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望するところである。その性質上経済的には最も困難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるわしき共同を期待する。 う〜ん。檄文ですね、これは。この文は昭和二年七月の日付ですが、それから4分の3世紀経ち、岩波茂男氏の意志を受け継いだのかどうかは分かりませんが、今インターネット上では青空文庫という新しい試みが登場しています。 編物サイトとして初めて Open Directory Project - Japanese:Art:工芸に登録されました。 | |
| 2001年2月18日(日) | |
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日本で編物はポピュラーな趣味ですが、いった編物がどのように日本に伝わり、今日のように広まってきたのか、手元にある本で、詳しく書かれているものはありません。こんな基本的なことも簡単に分からないのは、なんででしょうかね〜。ヨーロッパの手芸歴史に関する資料のほうがはるかに豊富というのはどうもいただけません。'Vogue Knitting' という本に、「宣教師たちはこの工芸を中国と日本にもたらした。この地域は固有の編物の伝統がないにもかかわらず、現在編物専門家たちの中心となっている」という記述があります。宣教師が伝えたって、あ〜た、それは鎖国前の話でしょ〜?それが今日まで綿々と伝えられて花開いたとでも?とても信じられません。断定的に言うのは避けますが、今の編物文化の直接のルーツは明治維新以降にあると思いますけどね〜。まぁアメリカの本だから極東の歴史に大雑把なのはしようがないでしょうが、後半の「現在編物専門家たちの中心」っていうのもビックリ。え?そうなの?たしかに機械編みに関しては世界一、って聞いたことあるんですが、手編みもそうですか〜?世界の編物専門家が日本に留学して編物技法を学んだりしてるんでしょうか?寡聞にして知りませんでした。でも日本人の書いた編物本ってAmazon.com を探してもあまりみつからないんですけどね〜?しかし、そういえばローワン社のニュースレターに、おじさんが休暇を使ってシェットランドの編物教室に行った紀行文が載っていたことがあるんですが、その教室の8人中5人が日本人でした。そのうち本当にシェットランドの伝統技法を学ぶためには日本に行かないと駄目という時代が来るかもしれません。 | |
| 2001年2月17日(土) | |
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前に毛糸の買い過ぎに注意しましょう、というようなよもやま話を書いたのですが、きりが無いのは毛糸や本ばかりでなく、技術も同じですね。もっともっと上手になりたいと思うと本当に息苦しくなるときがあります。夢窓国師「夢中問答」には次のような話が見えます。 中比一の老尼公ありき。清水に詣ふでねんごろに礼拝をいたして、願はくは大悲観世音、尼が心にいとはしき物を早く失ふてたび候へ、とくりかへし申しけり。傍に聞く人これをあやしみて、何事を祈り申し給うぞと問ひければ、尼がわかかりし時より枇杷をこのみ侍るに、あまりにさねのおほきことのいたはしく覚ゆる程に、年ごとに五月の比はこれへ参りて、比の枇杷のさねをうしなふてたび候へと申せ共、いまだしるしもなしと答へけり。たれだれも枇杷を食する時は、さねのうるさき事はあれ共、観音に祈りもうすまでの事にはあらずとて、おかしくはかなき事に語り伝へり。歳とった尼が清水で観音菩薩に「あのうるさいものを早く無くして」と繰り返し祈っていたので、なにを祈ったのか聞くと、若いときからビワが好きだったのだがあまりにも種が大きいのがうるさいので、毎年五月にはここに来て祈っているが、まだなにも効果がない......という話です。 確かに誰にとってもビワの種はうるさいが、なにも観音様に願を掛けるほどのものかという説話ですが、もっと大きく願を掛けると言って、仮に世界一のニッターにさせてください、と祈ったとしても、ビワの種とどれほどの違いがあるか!と国師に喝を入れられそうですね。凡夫にとっては枇杷の種よりも十分大きすぎるんですが....。 | |
| 2001年2月16日(金) | |
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私たちは自分達のことを、二人とも編物をしている珍しい夫婦ではないかと思っていましたが、先日教育テレビに夫婦で編物をされる年配の方が出演されていましたし、「私たちも夫婦で編物します」というメールもいただきました。う〜ん。自分達で珍しいと思っていてもそうではないのかもしれません。しかし、世の中上には上がおります、おそらく正真正銘日本で一組ではないかと思う夫婦のホームページを見つけました。万華鏡の世界です。万華鏡というのは、土産物などで見かける、鏡を3枚組み合わせた円筒形のもので、片方に透明なプラスチックなどを入れて、反対側の穴からのぞき、筒を回転させると極彩色の世界が見られるものです。このホームページによるとアメリカからアートとしての万華鏡が日本に上陸したとのことです。この夫婦の作った万華鏡は300にも及び、工芸作品としてとても見事なものに仕上がっています。私たちのように二人とも編物をするのではなく、夫は内部の鏡などを作成し、妻は本体に装飾をするという分業のようです。自分達の趣味がいかにマイナーかが、4コマ漫画「万華狂の日々」のオチに使われていて、思わず笑いがこぼれます。ホームページもとても充実していますので、いちどこのマイナーな(笑)アートの世界をのぞいてみてはいかがでしょうか? | |
| 2001年2月15日(木) | |
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左目通し交差を追加しました。JIS L 0201 編目記号完全制覇まで、あと3種類。 編目を描いたことのある人はあまりいないと思いますが、ちょっと面倒です...(笑)。しかし、はっきり言って手よりも簡単ですね。手のように毎日見慣れているものはちょっとでも不自然だとすぐ分かってしまいます。デッサンでも、馬なんかを描いているのは一見スゴイと思うんですが、実はちょっとくらい狂っていても分かり難いんです。その点、人体デッサンはどんなにわずかな狂いでも直ちに分かります。慣れ親しんでいるとは恐ろしいですね。お金が道に落ちた音と、お金以外の金属が落ちた音ってすぐ聞き分けられますよね、あれと同じです。(いや〜、これはもっと上かも...) それと関係あるんですが、漫画なんかで編物しているところを描いている絵を見れば、作者が編物をするかどうかはすぐわかります。編物したことがない作者の絵は、たいてい「不可能な編み方」です。棒針の二本の針が交差していないのもぎょっとしますが、多いのは針を上から下に向かってナイフとフォークを持つようにしているポーズです。つくづく人は物を見ているようで見ていないなと思いますね。 | |
| 2001年2月14日(水) | |
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右目通し交差を追加しました。JIS L 0201 編目記号完全制覇まで、あと4種類。 「減目」の読み方について、何回か書いてきましたが、言葉の読み方の違いというのも面白いですね。「天人唐草」(山岸涼子作,1994,文春ビジュアル文庫)は、一つの草に「天人唐草」と「イヌフグリ」という全く品位の違う二つの名前があることをテーマにした漫画です。普通の発想ですと、まったく違う名前をつけられても、もとの草は何の違いも無く生きているのだ、みたいな緊張感のないオチにしてしまうところですが、山岸さんは強烈な印象を残す問題作に仕上げています。救いのない結末は好き嫌いがあるでしょうが、この漫画を読むたびに、物事の二重性のうち、都合の良いところ、美しいところだけを見て生きていこうという態度がどれほど怠惰で危険なことであるか、思い知らされるのです。 本日発売のTVガイドにこのホームページが掲載されました。 | |
| 2001年2月13日(火) | |
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編み出し増目を追加しました。JIS L 0201 編目記号完全制覇まで、あと5種類。 「減目」のよみに関して、読者の方より次のような情報をいただきました。 主婦の友社…1932年〜1954年の資料において 一貫して「へしめ」また、この方によると「戦前の『主婦友VS婦人倶楽部の付録合戦』は相当に熾烈なものだったよう」とのことです。貴重な情報をお寄せいただきありがとうございました。面白いですね。「なかよし」VS「りぼん」の付録合戦も一時熾烈でしたけど、もっと上でしょうかね〜?今では、自主規制であんまり豪華な付録は無くなってしまいましたね。4月・5月の2号を買うと全員にもらえる全員プレゼントってのもありましたね。家にも長いこと、りぼんの全プレでもらった、陸奥A子さんのソーイングセットがありましたけど、震災でどっかに行ってしまいました。それはさておき、昔の編物情報で面白い話をご存知の方がありましたら、ぜひお教えください。よろしくお願いします。 | |
| 2001年2月12日(月) | |
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左上交差・右上交差を追加しました。この編み方の説明はこれまでの交差の説明よりも分かりやすい...はずです。しかし、リアリティのある編目の図を書くのは本当に面倒ですね〜。とほほ〜。JIS L 0201 編目記号完全制覇まで、あと6種類......です。道は長いのぉ〜〜。 | |
| 2001年2月11日(日) | |
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前に、毛糸の買い過ぎに注意しましょうということを書きましたが、言うは易く行うは難し、です。中村うさぎさんはその後、どうなったかというと「週間文春」に連載中の「ショッピングの女王」を読めば分かる通り、相変わらず買いまくっています。(笑) 森鴎外の「高瀬舟」という有名な小説があります。私たちは森鴎外に傾倒しているので、今後もこの文豪の小説は出てくるかもしれません。とにかく紹介したい文章がいっぱいあって困るのです。それはさておき今回、「高瀬舟」とはどういうものか、ということを簡単に紹介しようと思って小説の最初を読んでみて、唸ってしまいました。要約不可能です。無駄な努力は止めて、そのまま引用させていただきます。 高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであった。それを護送するのは、京都町奉行の配下にいる同心で、この同心は親類の中で、主だった一人を大阪まで同船させることを許す慣例であった。これは上へ通った事ではないが、いわゆる大目に見るのであった、黙許であった。罪人といってもいつも極悪人ということはなく、ふとしたはずみで罪を犯してしまった人が多いのは今も昔も変わらないようで、「この舟の中で、罪人とその親類の者とは夜どおし身の上を語り合う。いつもいつも悔やんでも還らぬ繰言である。」ということになります。 ところがあるとき、羽田庄兵衛という同心は、変わった罪人を運ぶことになります。喜助という名のその男は弟殺しの罪を問われて遠島になるのですが、高瀬舟の上でなぜか喜びの表情が見られるのです。我慢しきれなくなって庄兵衛は、喜助になぜそのように島に行くのが苦にならないようなのか尋ねます。そうすると喜助は、自分にとって京都の生活はとても苦しいもので、居場所がなかった、今回お上が島に居ろと言ってもらえるなら何よりも有り難い、しかも島へ行く際二百文のお金をもらった、今までいくら稼いでも手元にお金が残ったことはない、使わないで金を持っているということは初めてのことで、嬉しいというように答えます。 庄兵衛は、今喜助の話を聞いて、喜助の身の上をわが身の上に引き比べてみた。喜助は為事をして給料を取っても、右から左に人手に渡して亡くしてしまうと云った。いかにも哀れな、気の毒な境界である。しかし一転して我身の上を顧みれば、彼と我との間に、果たしてどれほどの差があるか。自分も上から貰う扶持米を右から左へ人手に渡して暮らしているに過ぎぬではないか。彼と我との相違は、いわば十露盤(そろばん)の桁が違っているだけで、喜助の有難がる二百文に相当する貯蓄だに、こっちはないのである。 庄兵衛は喜助の話を聞いてこのように考えるのです。 庄兵衛はただ漠然と、人の一生というような事を思ってみた。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄がないと、すこしでも蓄があったらと思う。蓄があっても、またその蓄がもっと多かったらと思う。かくのごとく先から先へと考えてみれば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まってみせてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気が附いた。 その後、話は喜助の弟殺しに及び、弟が自殺を図って死に損なっていた苦しみを救うための行為を罪に咎められたことを知るのですが、だいたい「高瀬舟」がニュースにでてきたりするのは、この自殺幇助の線のことが多いようです。しかし、自殺幇助などというのは普通の人間にはまず一生、縁のないことでしょうが、お金のほうは毎日縁があることですので、こっちの方がより興味があるのは自然でしょう。犬が人を噛んでもニュースにはならないが人が犬を噛むとニュースになる、と言われるように変わったことを伝えるのがニュースならそれもしようがないことかもしれません。しかし、罪人となってまでなお足る事を知るような人間は、犬を噛む人よりも遥かに珍しいのではないかとも思うのです。 | |
| 2001年2月10日(土) | |
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(5) 棒針編目の記号に近年技法が高度になり”かぶせ目”の操作が多用されるようになったためこの記号を追加した。う〜ん。日本語の文としても分かり難いですしね。”かぶせ目”ってのもあまり聞かないし、なによりも「伏せ目」ってそれほど高度な技法?それが「近年技法が高度に」なった結果?備考に追加されたことといい、どうもすっきりしませんね。 中上三目一度・左上三目一度・右上三目一度を追加しました。 | |
| 2001年2月9日(金) | |
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編物の楽しさの中に、買ったら目が飛び出るほど高いものを、安い毛糸で作れるというのがあると思います。ただ、このあたりの楽しみ方は人それぞれのようで、たとえば、たたは気に入った作品ができると、それを生かすようなコーディネイトを考えて、ファッションとして楽しもうとします。また、出来上がった作品は大事にします。ところが、たた夫はできた作品には興味がないようで、独身時代の作品は捨てるように人にあげてしまってほとんど残っていません。作る過程が楽しいので、できてしまった作品への執着はほとんどないのです。このへんは、もしかすると男女差のある部分かもしれないと思います。作品が残らない芸術と言えば、その最右翼は花火でしょう。「花火 - 火の芸術」(子勝郷右著,岩波新書,1983)は、花火を打ち上げ終わった直後の花火師の興奮をこのように描きます。 こんなときには花火師は極度に言葉が少ない。丹精込めた自分の玉が無事に打ち上げられた満足感と一抹の寂しさ。打ち上げ現場の戦場のような興奮がいまだに余韻を引いている。ひと口に何万発の打ち上げなどというが、考えてみてほしい。すでに何回も述べてきたように火薬と紙と糊を使って、人間が手で造れる極限まで真丸にしたものだ。花火造りだけは大量生産のきかないものだから、造るのに時間が長くかかる。それをほんの三、四秒の間に燃焼しつくすために全精力を集中する。たた夫が作ったセーターをあげるために、青いゴミ袋2袋に入れて会社に持っていくと、どこからともなく人が現れて、数秒の間にセーターは消えて無くなったといいますから、彼の楽しみ方は花火師とどこか共通点があるのではないかと思うのです。 | |
| 2001年2月8日(木) | |
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昨日、減目の読み方について書いたところ、「ニットデザイナー間ではゲンメと言うが、教室で教えるときはヘラシメと言う」という情報や、「昔の本ではヘシメとルビがふってあった」という情報などが寄せられました。改めて本を調べると、「ファッション辞典」(文化出版局,1999)に次の記述を発見しました。 へらしめ[減し目]目数を減らし、編幅を細く狭くしていく編み方のこと。(以下略)う〜ん。なぜ昨日調べておかなかったんでしょうか?ちょっと後悔。でも、実際のところどうなんでしょうかね〜?「ヘラシメ」「ヘシメ」「ゲンメ」たった二文字の漢字で三種類ですか〜。まさか「ゲンモク」って読む人はいないでしょうね〜。それだとまるで落語の「平林」※みたいですよね〜。
また、「二目一度」はJISでは「ニメイチド」と読むとの指摘がありました。手元にJIS原本がないので確認できませんでしたが、上記辞典でも「ニメイチド」となっていました。ただ、それ以外の教則本でルビがあるものはすべて「フタメイチド」となっていて、私たち自身、普通の会話で「ニメイチド」と聞いたことがないので、とりあえず「フタメイチド」としておき、JISの読み方は後日加えたいと思います。 ※「平林」を「ヒラバヤシ」「タイラバヤシ」「ヒラリン」「イチハチジュウノモークモク」「ヒトツトヤッツニトッキッキ」などと、どんどん妙に読んでいく噺。 | |
| 2001年2月7日(水) | |
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編物用語で、増目はマシメと読みます。では減目は?広瀬光治先生のビデオはゲンメと読んでいました。先日このことに違和感を感じたとのメールをいただきましたが、私たちも同感です。その方は、「今まで、ヘラシメと呼んでいた。ゲンメだと重箱読みだし、減目がゲンメなら、増目はゾウメでないとオカシイ」とおっしゃっていました。これも同感。私たちも、減目はヘラシメと読んでいました。(たた夫の母はヘシメと呼んでいたそうですが、これはちょっと変ですよね?)いったいどう読むのが正しいのでしょうね。その気になって本を調べると、増目は、「増し目」と書いてある本も沢山あるのですが、減目は「減らし目」または「減し目」と送り仮名をつけている本はありませんでした。やっぱり、日本中でゲンメと読むと決まっているんでしょうかね〜。皆さんは、なんと呼んでいますか? | |
| 2001年2月6日(火) | |
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編み間違いってよくしますか?私たちは、落ち着いてゆっくり編んでいるときはそう間違えないんですが、夜がふけてきて、寝るまでにここまで、とか焦ったりすると、てきめん間違えたりします。 しかし、Webの記事や電子メールも誤字脱字多いですよね。かな漢字変換のミスが多いようなので、日本人に特有かな?と思ったら、「インターネットはからっぽの洞窟」(クリフォード・ストール,倉骨彰訳,草思社,1997)を読むと、アメリカ人も同じようです。 電子メールは、じっくり考えてなにかする時間を書き手にも読み手にも与えないような気がする。僕にしても、メール作成をせかされるあまり、じっくり読み直して誤字・脱字をチェックしたり論旨を整理したりしないから、最大限の努力をはらって文章を書いているとはとてもいえない。読み書きは時間をかけるにかぎる。そう、その通りと言いたくなりますよね?メールのようにニュアンスの伝わらない場合は特に冷静に気をつけて出さなければいけないな〜と思います。ところで、最近ウィルスメールがマジで増えてきました。皆さんも決して他人ごとと思わないで、注意してください。対策としてはワクチンソフトをインストールすることと、大事なデータはバックアップすることですが、特にメールの添付ファイルを絶対に開かないことを心がけてください。情報処理振興事業協会の緊急警告メール添付の EXEファイル クリック厳禁 !!をぜひ読んでください。また、ユーザの事例として先日紹介した白象氏がウィルスの被害に合われた体験をコンピュータウィルス感染は他人事でないにまとめています。転ばぬ先の杖、大事なメールを失わないよう、どうぞご注意ください。 | |
| 2001年2月5日(月) | |
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毛糸のバーゲンはいかがでしょうか?来年も編めるからと、買いすぎていませんか?以前ある店で、かなり年配の方が「もう、30着分くらい溜まってるの。でもいいの、お棺に入れてって言ってるの。」と話していました。オークションかどこかで、買い込み過ぎて押し入れいっぱいになった写真を見たこともあります。どうぞ、お互い買い過ぎには注意致しましょう。(笑)つい衝動買いしすぎて後悔してしまうようなときにとっておきの一冊「女殺借金地獄」 私はスゥーッと息を吸い込むと、勇を鼓して店員に尋ねた。「ハ、ハ、ハウマッチ、世界まるごとハウマッチーーッ!?」このあとも、帰りの飛行機で、パーサーにいいくるめられてファーストクラスに移ってしまい、30万円も使ったり、オストリッチのバーキンを買いそうになったり、豪快に散財します。これを読んでしまえば、10個980円の毛糸パックをつい5パック買ってしまったことなど、ティッシュを間違って2枚いっぺんに使ってしまったくらいの気になること、請け合いです。あ、でも気が大きくなりすぎて、ユザワヤのバーゲン毛糸をすべて買い占めたりしないように、ご注意ください。(笑) ※「女殺借金地獄」 | |
| 2001年2月4日(日) | |
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編目記号と編み方を追加しました。JIS編目記号にあるもののうち、基本的な編目記号のみを載せています。この編目記号で通常の編図の80%くらいはカバーしていると思います。この後は、編み出し増目・3目一度・交差・玉編みなどを順に追加していく予定です。編目記号がないもっと難しい編目は別のページを作って解説いたします。 う〜ん。地味な内容ですね〜。作っていても楽しいコンテンツではありませんが、これから色々と作品を発表する上で基礎となるものですから、がんばらないと〜。でも、ちょっと一休み。 | |
| 2001年2月3日(土) | |
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私たちが初めてニットのパターンを読んだときは、その記号の羅列に「なんじゃぁ〜こりゃぁ〜」(松田優作調で読んでください)、と思ったものですが、このとき脳裏によぎったのは、さ・ら・に、スーパーなんじゃこりゃ、であったろう杉田玄白のことでした。 「蘭学事始」を読むと、当時は鎖国中、しかもちょっと横文字を使った小冊が発禁になるというような時代です。オランダの解剖学の専門書「ターヘルアナトミア」翻訳という大望を果たそうとするのに、杉田玄白はアルファベットを急いで覚えたようです。まさに泥縄。 その翌日、良沢が宅に集まり、前日のことを語り合い、先ず、かのターヘル・アナトミアの書にうち向かひしに、誠に艪舵なき船の大海に乗り出せしが如く、茫洋として寄るべきかたなく、ただあきれにあきれて居たるまでなり。このようにただ呆然とするばかりだったようです。無理もありません。まともな辞書さえないのですから。ともかく、内分泌などの説明は手がかりがないので、解剖の外観を説明してあるところなら挿し絵もあるし、やりやすいだろう、ということで始めるのですが、 たとへば、眉(ウエインブラーウ)というものは目の上に生じたる毛なりとあるやうなる一句も、彷彿として、長き春の一日には明きらめられず、日暮るるまで考え詰め、互ひににらみ合ひて、僅か一二寸ばかりの文章、一行も解し得ることならぬことにてありしなり。というようなありさまだったようです。分からないところは丸に十を入れた記号を書いて、轡(くつわ)十文字と名づけたようですが、翻訳のあまりの苦しさに、あれも轡十文字、これも轡十文字、となったりした、というように振り返っています。しかし、毎月6・7回の会合を続けて、1年余りも経ったとき、訳語も増えて、オランダの国の事情も分かり、ざっとした訳なら一日に十行位はできるようになって、オランダの通訳が質問にくるようになった、とあります。 江戸時代に蘭学がこのようにして生まれて、広まったことは医学だけの問題ではなく、日本が近代化をむかえる上で決定的な役割を果たしたように思います。私たちも、編物にしてもパソコンにしても、時には本当に分からなくてほとほと投げ出したい気持ちになることがあるのですが、その時はいつも、もっと不自由な環境においてターヘルアナトミアの完訳を成し遂げた杉田玄白の姿が浮かんできます。まぁ、私たちがやろうとしていることは、200年後の人を勇気づけるような大業とは程遠いことなので、比較にはならないんですけど。 | |
| 2001年2月2日(金) | |
状況にもよると思いますが、子供は叱るよりほめるほうがよいらしいです。「超常現象をなぜ信じるのか」(菊池聡著,1998,講談社ブルーバックス)には次のような記述があります。
一般的に、子供を叱るよりもほめるほうがよいことは、教育心理学の研究で明らかになっています。しかし私たちは、叱ることが非常に効果的だという素朴な信念をもっていて、しつけでも勉強でも、たびたび子供を叱りつけます。うん。その通り。そうですよね。しかしこの本によるとそれは「回帰の誤認識」に基づく誤解らしいのです。 「回帰現象」とは、測定値が極端な値を指した場合、次回の測定値が平均値に近づくことを指します。例えばある時、試験で非常に良い点をとったとすると、次の試験はそれよりも下がることが多い、というような現象です。これは測定値に「真の値」と「誤差」が含まれているためで、試験でも実力だけではなく、ちょうど勉強していたところが試験にでたり、とても体調がよかったり、というような偶然の要素でいい点をとることがあります。しかし同じ偶然はそう続かないので、次回は平均に戻ることが多いわけです。 まったく逆の場合、子供が試験で悪い成績をとると、親は叱ります。しかし叱っても叱らなくても、その次の試験は、この回帰現象によって前回よりも良い点をとる確率が高いのです。そして、本当に良い点を取った場合、親は叱ったことに効果があったと誤認することになるというわけです。これが何度も繰り返されると、やがて叱ることが子供を伸ばすことにつながるという誤った信念が確立されます。 う〜ん。なかなかピンときませんが、そう言われてみればそんな気もしますね。編物の先生をやっている方、子供に編物を教えているお母さん方、どうですか?編目が乱れていても、おかしなところから拾い目をしていても、目数が変動していても、怒ったり、鋭く指摘してはダメですよ。「上手」「いいでき」「うまいわよ〜」これで通さないといけないんですよ〜。あぁ〜....「そんなことしちゃだめ」「そうじゃないって前も言ったでしょ」「ダメね〜」、こんな言葉は一切合切飲み込んでくださいね。え、私たち?うぅ〜....、で、できましぇ〜ん。皆様のご健闘を祈ります。 | |
| 2001年2月1日(木) | |
皆さんは、何歳くらいから編物を始めましたか?世阿弥の「風姿花伝」の最初を読みますと、能は大体7歳くらいから練習を始めるみたいです。昔のスコットランドなどでもこの年齢くらいになるともう編物をしていたようです。7歳というと小学2年生ですか。本当に凄い編手になろうとするならこの辺から始めないといけないんでしょうかね〜。「風姿花伝」は能の本ですが内容はとても濃くて色々な技芸に共通する事が多いように思います。因果の花を知る事、極めなるべし。一切、みな因果なり。初心よりの芸能の数々は、因なり。能を極め、名を得る事は、果なり。しかれば稽古するところの因おろそかなれば、果を果すことも難すべては因果であって、練習という因があってこそ、能の勝負に勝ち、名をあげるという果が得られる、とここまでは努力の因果ですが、ここから時分の因果になります。去年が盛りだったら、今年はそれよりよくない、良いときがあれば悪いときがある、だから大事でない勝負は負けても気に懸けず、控えめに能をしていれば見物人もつまらないと思ってしまうだろうが、そのあとで、大事な舞台のときに、得意な能を気合を入れて舞えば、見ている人に意外な気持ちが生まれて、必ず勝負に勝てる。 というような内容ですが、最近私たちはこの内容にとても納得させられます。私たちがホームページを充実させてきたのは去年の暮れなんですが、そのときはいくら力を入れて内容を充実させても、反応も少なく、来てもらえる人もあまり増えませんでした。それでも、一つ一つ内容を追加していって、やれやれ一段落というときに、検索エンジンに登録されたり、立て続けに雑誌に載ることになったりして、来てくれる人もうなぎ上りになってきました。最近はあまり大きなコンテンツを追加していないのにな〜、と思うと本当に「時分の花」という言葉がぴったりだと思います。「風姿花伝」によると当然、また落ち込むことになるわけでしょうが、次の果のためにまたせっせと因に励みます。もし、最近つまらないな〜と思うことがありましたら、それは次の充実の予告編を見ているのだと思っていただいて、今後ともよろしくお願いします〜。(笑) | |