更新履歴とよもやま話 ホームへ
ホームページの更新履歴と編物関係のさまざまな話題を取り上げます。

 2001年3月31日(土) 

次の作品は、「モヘアの透かし編みマフラー」です。しかし、なんですな〜(桂小枝調)。一つ作品発表するのも大変ですな〜。テーマを決める→糸選び→模様を考える→試し編み→作品を編む→写真撮影→編図を書く→説明文書作成→編み方のイラストを書く→スキャナで読み取って画像化→説明文と合わせてHTMLドキュメント化→WWWサーバへアップロード。全部自分達の手でやるんですからね〜。なかなか思うように作品を発表できませんね〜。もう長距離ランナーの気持ちで、あせらずやっていきますね〜。10年かかるかもしれませんけど〜。(笑)気の長い方はどうぞお付き合いください〜。

 2001年3月30日(金) 

ワッフル編みのマフラー徹底図解に編み方の図解を追加しました。これでワッフル編みの説明は完了です。

 2001年3月29日(木) 

最近では、日本の編物本を買うことが本当に少なくなりました。インターネットが普及してから、海外の書籍や古書の入手が簡単になったため、もっぱら海外の編物本を買っています。さて、彼我の差や如何?う〜。ものすごいクオリティの差を感じます。もちろん外国人モデルを使っているため、やたらに格好良く見える、というハンデを差し引いても、やはり一枚上という気がします。日本人の感性に疑問を感じる瞬間です。しかし、これは単なる私たちのコンプレックスでしょう。日本の工芸技術やセンスは世界市場で十分通用することは証明されています。それをもっとも如実に示すのが、蒔絵です。英語で、Japanといえば日本、japanなら漆器、動詞でjapanは漆を塗ることです。そして漆器には当然蒔絵が施されています。この日本を代表する漆工芸品を紹介している新書本、「日本の意匠」(灰野昭郎著,岩波新書,1995)を見ると、その技法の高度さに加えて、造形の決まり方、色彩感覚の確かさに舌を巻きます。その上、意匠へのこだわり、遊び心、奇想にうならされます。私たちはなんとなく花鳥風月の世界かと思っていたのですが、この本の「文字散らし」という作品に驚きました。この作品は色紙入れと思われる箱なのですが、蒔絵のモチーフはなんと「反故」、つまり書き損じた紙です。さらの紙を収める箱の文様が反故。なんとウィットにとんだ遊び心でしょう。これ以外にも、あたかも虫に食われた部分を金で補修したかのようなモチーフもあります。う〜ん。すごいです。我らが日本人の祖先たち。真似をしようかな〜。わざと編み間違えたようなアラン模様。虫に食われて穴が空いたようなガーンジーセーター。ユニークな作品になると思いませんか?この遊び心、果たして世界に通用するか。世界ブランド「たた&たた夫のミステークニット」こうご期待!え?ホントの間違い作品だろうって?し、し、し、失敬なぁ〜。

 2001年3月27日(火) 

テレビで自分の詳しい分野のことを取り上げているのを見たとき、その底の浅さに驚いたことはないでしょうか。例えば、バレンタインデーにあるテレビ番組で「一日でセーターを編めるか!」に挑戦していましたが、ある程度編み物をしたことがある方なら、鼻白んだはずです。なぜなら、どんなセーターでもよいのなら一日はおろか、2・3時間で編み上げることは難しくもなんともないからです。持って回って「挑戦」などしなくとも、その人の実力合わせて逆算した内容のセーターを編めばできるに決まっているのです。それを、セーターを編んでいるところを早回しの映像で見せられても、なんの感慨もおきません。しかし、もしかすると編み物を知らない人なら「へ〜。一日でセーターを!」と、本気で手に汗を握ったかもしれません。

私たちもニュースの「ハッカーの実態を暴く」などというような特集で、顔にモザイクして得意そうに語っている人などが出てくると、おかしくて笑えてくるときがありますね。どうしてもただのおたくにしか聞こえないんで。本当に技術のある人はあんな場所で得意げに語ったりはしません。やればできることですから、得意がる必要はないんです。あるシステムを破れる場合、最高のシチュエーションとは破られるかもしれないとさえ思われないこと、すなわち全く注目を浴びないことです。そして破られたという痕跡を全く残さず立ち去ることが理想ですから、テレビ記者に注目されるというのは、それだけでもうニセモノです。まぁ、これは犯罪ですから誉められた例ではないですが、本当に大きな仕事をしているときは、例え自分に対してだって得意がっている余裕はないので、結局静かになりますよね。お互いに今度はぜひそういう作品をものにしたいものですね。

 2001年3月26日(月) 

ワッフル編みのマフラー徹底図解に編図を追加しました。詳しい編み方はまだ未完成です。

某市教育委員会よりメールをいただきました。市内の学校関係のネットワーク内にあるリンク集にこのホームページを掲載したいとのことでした。リンク自体は異存がありませんが、「教育委員会」という言葉にたた夫が妙に反応。「え?教育委員会ぃ?え?なんで?なんで?」、かなりうろたえておりました。十年以上(...ははは)たっていても、この言葉に反応するとは。きっと昔何かヤッていたはず。

審査なしに登録できたOCN Navi NTT ディレクトリが、新規登録を終了してしまいました。今後の展開については後日ホームページ上でお知らせするとのこと。う〜ん、このホームページを初めて登録したディレクトリだっただけに、思い半ばに過ぐものがありますね〜。個人が登録可能な大手ディレクトリサービスは、もうここだけだったのですが。他はYahoo!のように審査が超きびしいか、そうでなければ、頭からディレクトリへの登録依頼を受け付けていません。個人がホームページで情報を発信する際のハードルはどんどん高くなっていますね。

 2001年3月25日(日) 

ワッフル編みのマフラー徹底図解を追加しました。編図と詳しい編み方はまだ未完成です。このマフラー、かなり高級感のあるものになりました。面白い編地ですので、興味のある方は一度チャレンジしてみてください。男性へのプレゼントにも喜ばれるものになると思います。

 2001年3月24日(土) 

「ワッフル編みのマフラー」、作品はほぼできました。写真撮影・編図作成ができたら、コンテンツとして追加します。皆さんはニットデザインをする際、糸を決めてから、編み方を決めますか。それとも、編み方を先に決めてから糸の選定をしますか?私たちの場合、今回は編む模様を先に決めて、それから糸を選びました。

今回使った糸はイタリア製の糸ですが、どういうわけか私たちはイタリア物と波長が合うようで、最近編んだ丸ヨークカーディガンもイタリア糸でした。また、セレクトショップで「あ、これはいいな」と手にとって裏を返すと「イタリア製」というラベルが貼ってあることが本当に多いです。まぁ、こういう店では全体的にイタリア製品が多いということかもしれませんが、去年、あるブティックでとてもいい感じの色がでているスカートをみつけました。この店はあまり外国製の服は置いていませんでしたが、なにか感じるものがあって「待てよ?まさかまたイタリア物じゃないだろうなぁ。」と思ってラベルを見ると Made in Japan。「そらそうだよな〜。選ぶものがなんでもかんでもイタリア製のはずないよね〜。」と思ってそのラベルを裏返すと、こんな文字が。

「この製品は(伊)エトロ社の生地を使用しています。」
 2001年3月22日(木) 

次のコンテンツは、シンプルなマフラーに「ワッフル編みのマフラー」を追加する計画です。今日は、糸選び・棒針の号数・ゲージ編みで終わってしまい、サイトの更新はできませんでした。ですが〜、けっこう感じ良くできつつありますので、どうぞお楽しみにお待ちください〜。

 2001年3月21日(水) 

ファーヤーンで編むプチマフラーに通し穴の開け方を図解しました。これでこのマフラーの編み方は完成です。

 2001年3月18日(日) 

ファーヤーンで編むプチマフラーを追加しました。ただし、まだ工事中です。

 2001年3月17日(土) 

リブ編みのマフラー徹底図解完成しました。

編目記号と編み方に、右上二目一度(裏目)を追加しました。

 2001年3月15日(木) 

リブ編みのマフラー徹底図解に編み方の説明を追加しました。あと1〜2章を追加して完成です。

 2001年3月14日(水) 

リブ編みのマフラー徹底図解に編み方の説明を追加しました。もう少しで完成です。

読者の方から「明治の編物」というメールを頂きました。とても面白い内容でしたので許可を得てご紹介いたします。

 ずっと趣味にしております織物の参考にと求めてあった資料に 明治32年発行の下田歌子著「女子手芸要訣」と言うのが有りました。 これは養蚕から始まって機織、裁縫などが含まれていますが、 その中に「編物」がありました。その前文は以下のようなものです。
編物は早くより吾が邦に於ても女児が手工として取りしたためし ものなり。然れども現今行はるる所のものの如く精巧にして、 且つ許多の種類有りしにはあらず。唯、網及び網袋、網紐等、 稀には夏の汗取肌着に造りし許りのものなりけんを、近来、 泰西風編物の法を伝えて、今は尚吾が新工夫の編みかたをも 交え、やうやうこの手芸も進みに進みもて行くに至れり。 故に其精巧なるものは、殆ど織物に類似して、其れよりも尚 手際よきを感ずる類い之れ無しとせず。原末、本邦人は指尖 の技極めて巧みなる性にしあれば、斯うようの術はいよいよ ますます巧妙を極るに至れるなるべし。
これから、明治32年にはかなり編物が普及しはじめたことが 分かります。また、毛糸は国産化が不充分なので、殆ど輸入品に 頼っていることが書かれています。編み針は錘針、鉤針、玉針の 3種でメリヤス編み等を編む錘針は鉄製で、夏などは汗がつくと 一夜で錆びると書いてあります。鉤針と玉針は角または骨製と あります。このことから、竹の針はまだ出ていないようです。 また、クロムメッキなども施してなかったようです。 玉針がどんなものかか書いてないので判りませんが、錘針を 用いてのメリヤス編みと鈎針編みの編み方が解説して有りました。 表目を右編み裏目を左編みという、など面白い表現もしています。 編物は目を悪くしないように必ず明るいところでするようなどの 新しい技術らしい注意もあって、編物が普及の途上にある手芸で あることが伺えました。
 編物は完全に再生可能な衣服という点で和服と一致し、自分で デザインと製作が出来ると言う点で洋服と一致し、場所も道具も まとまった時間も無くても出来るということで、急速に普及した のでしょう。上記の本では、手袋や靴下、シャツ、ズボン下、 肩掛け、花瓶敷きなどを編むとあって、セーターなどはまだまだ だったようです。
 直接編物の歴史を書いた本では有りませんが、明治の編物の 状況を知る本だったので御紹介させていただきました。

とても有意義な情報ありがとうございました。明治32年でこの状態でしたら、日本の編物文化が本格的に趣味として定着していくのはやはり昭和になってからなのかもしれませんね。往時をご存知の方で、なにか記憶や情報がありましたらぜひメールでお知らせください。よろしくお願いします。

 2001年3月13日(火) 

リブ編みのマフラー徹底図解に編図の説明を追加しました。ただし、まだ完成ではありません。

 2001年3月12日(月) 

新しいコンテンツシンプルなマフラーに、リブ編みのマフラー徹底図解を追加しました。ただし、まだ書きかけです。

 2001年3月11日(日) 

新しいコンテンツシンプルなマフラーを立ち上げました。まだ編み方の徹底図解はできていません。どこまでを「シンプル」にするか、ちょっと頭を痛めています〜。徹底図解の完成をお楽しみに〜。

 2001年3月10日(土) 

これまで、ホームページの内容を一つづつ積み重ねてきましたが、このあたりで少し立ち止まって今後の方向性を考えてみました。色々考えた末、やはりここでしか読めない内容を充実させるという方向で行こう、と決めました。しかし、そこまで決めてもやるべき事がいっぱいありすぎて、さてどこから手を付けていいか難しいですね。手編み技法の世界はとても広大です。初心者向けのテーマもいっぱいあるし、私たちが勉強したいこともたくさんあるし、悩みます。今、抱えている問題はやはり編目記号と編図の限界をどうするかということです。手編み技法の自由奔放さときたら平面的な編図で押え込めるほどおとなしいものではありません。表現方法から手をつけるとなるとこれは一大事になってしまいます。当面はちょっと手を出さないでおこうかと思いますが、手編みの本格的な復権を目指すとなれば、いずれJISとは縁を切る覚悟は必要でしょう。

もっとも登録されにくいと巷で評判の goo のディレクトリ趣味&余暇>手芸に、いつの間にか登録されていました。ここは申請できないディレクトリで、申請もなければ登録の連絡もないので気づきませんでした〜。

 2001年3月6日(火) 

昨日は、イギリスに行ってみたいという話を書きましたが、この日本もそう捨てたものではありません。いや、それどころか一度は行ってみたいと願ってかなわぬまま世を去った人も大勢います。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホもその一人です。「ゴッホの手紙」(エミル・ベルナール編,硲伊之助訳,岩波文庫,1955)を読むと、ゴッホが日本にどれほど恋焦がれていたかが伝わってきます。

約束どおり筆を執ってみたが、まずこの土地の空気は澄んでいて、明快な色の印象は日本を想わすものがある。[第2信]
いいかね、彼らみずからが花のように、自然に生きていくこんなに素朴な日本人たちがわれわれに教えるものこそ、真の宗教とも言えるものではないだろうか。[第542信]
ここの天気はまだつづいている。いつもこんなだったら、画家たちにとって天国以上だし、まるで日本のようだ。[第543信]

これは、ほんの一部です。どれほどゴッホが日本に傾倒していたかがわかると思います。まるで日本を理想境のように書いていますが、このころのゴッホの現実は精神的にも経済的にも大変なものでした。

単に収支の計算なら、50歳まで生きて年に2千フランずつ十万フラン使うわけだから、つまり十万フランを稼ぎださねばならない、という真理を考えるだけでよい。だが、芸術家の一生で一枚百フランの絵を千枚描くということは、それはそれは困難な仕事だ。[第557信]
弟よ、恐らくわれわれの小さな不幸や人生の多少大きな不幸だって茶化してみるのが一番いいのじゃないか。君の男前を活かして、目的へ直進したまえ。われわれ芸術家は現在の社会では壊れた手の取れた水指しに過ぎない。僕の絵を送りたいが、鍵を掛けられて、閂と警察と狂人看護人の下にある。[第579信]

ゴッホの手紙にはたくさんの作品の名前がでてきます。「ひまわり」「糸杉」「種撒く人」、こんな言葉がでてくるたびに、あぁあの作品はこのような状態で生み出されたのかと思いますし、聞いたこともない作品名だと、もしかするとその作品はもはや失われてしまったのか、と狂おしくもなります。ゴッホが37歳で自殺しました。手紙の中にはそれを予感させるような文面も残されています。

多くの画家たちは、- 敢て彼らについて語れば - 死んで埋められていても、その作品を通じて次代から数代あとまでの語り草になる。
それだけで総てなのか、又はもっとほかに何かあるのか。絵かきの生涯にとって恐らく死は彼らが遭遇する最大の苦難ではあるまい。[第506信]
 2001年3月5日(月) 

いつかイギリス巡りをするのが夢です、というメールをいただきました。気持ちはよくわかります。私たちもイギリスに行ってみたいという気持ちは強いです。編物をする人ならイギリスや北欧に対して憧れをもつのは当然ではないでしょうか。私たちはときどき「海の男たちのセーター」に挟んであったパンフレットをとりだしてみます。

"英国伝統ニットの旅「海の男たちのセーター」出版記念","著者とみたのり子さんが同行する英国の旅(13日間) 期間1989年7月10日(月)→22日(土) 旅行代金¥648,000 "▼「フィッシャマンの労動着として生まれたガーンジーセーターの伝統を今に伝える『ノースヨーク ムアーズ国立公園』の港町ウィットビーを、ご自分の目で確かめ、夜は、パブでフィッシャマン達と、コーラスを楽しんでいただきます。▼「温泉の町スカボローでは、ガンジーセーターの研究一筋に打ち込むマージョリー・フュースターさんから、レクチャーをうけます。」▼「イングランドで最も美しい田園風景といわれる『ヨークシャー・デイルズ国立公園』では、日本に初めて紹介された2色編込みの手袋を保存する『アッパーデイルズ・フォーク・ミュージアム』、『デント・クラフトセンター』」....各地の博物館では、英国羊毛公社のご厚意により、ふだん展示されていない貴重な資料を、特別に見せていただけることになっております。

う...うらやましすぎるぅ〜。この頃はとても65万円など出せませんでしたが、このパンフレットを見るたびにタメイキです。【警告】「私、この旅行に行きました。よかったです。」などと言うメール厳禁!(涙)

ボーナスから少しずつ旅行基金を貯めていますので、私生活上のトラブルがなければ数年内には旅行したいなと本気で思っています。「たた&たた夫と行く英国伝統ニットの旅」参加者大募集!(もちろん嘘ですよ(笑)。今日はなんか支離滅裂のよもやま話になりました。)

 2001年3月4日(日) 

ねじり引上げ目かぶせ目を追加しました。JIS L 0201-1995 棒針編目記号完全制覇達成!

いや〜。やっとできました〜。まぁ、JIS編目記号は全体の編目技法の一部ですが、一応の目標にしてきましたんで、うれしいです。今回、真剣にJIS編目記号全体をチェックしてみて、どうも納得できない部分がありました。色々考えて、やはりJIS編目記号は工業規格なので、機械編みが中心で、手編みにはうまく対応できない部分があると思います。その結果、今回の解説で最後まで残った「かぶせ目」などは実際の手編みの編図で使われることはほとんどありません。私は、「かぶせ目」と「伏せ目」がどう違うのか理解できませんでしたが、最後になってようやく分かりました。「かぶせ目」はすでに編んでいる目(下段の目)を別の目にかぶせる場合、「伏せ目」は編んでからかぶせる場合なのです。そして普通の編み機では、編みながらかぶせるという器用な真似ができないので、「伏せ目」はもともとのJISになかったのではないかと想像します。

今、JIS編目記号を手編みに利用してきたことの功罪を考えると、複雑な気持ちになります。編目記号を組み合わせた編図は模様編を設計するツールとしては便利です。しかし、一方で表現力に限界があります。Debbie Bliss さんのToy Knits にあるような編ぐるみのパーツを編図にできるでしょうか?そこまでいかなくても、手袋でさえ、編図だけでは表現しきれず、別の説明図の助けが必要です。しかし、なにより問題だと思うのは、編目記号にない編み方がどんどん廃れてしまっていることです。表現が技術を規制してしまっているわけです。手編みはもともと輪編みのように、立体的に造形していく技法でした。しかし、現在では手編みにおいても機械編みのように平面的に編地を作り、あとではぎあわせる技法が一般的になってきています。これが一概に悪いわけではありませんが、そのためセーターは編めても靴下や手袋が編めない人が増えているような気がします。豊かな技法がこのような理由で狭められるのは悲しいことですが、メディア上での有効な表現手段がないとこの流れを変えることは難しいのではないでしょうか。これは日本で手編みをする人すべてに突きつけられている問題だと思います。

 2001年3月3日(土) 

皆さんは編物をするとき、楽観的ですか、それとも悲観的ですか。例えば、なにかで編み間違いを発見したり、うまく行かなくなったとき、ま〜なんとかなるさ、と思うほうですか、それとも、もうこれでこの作品はおしまい、と思うほうですか?独断ですが、編物の場合は楽観的に構えたほうがいいような気がします。あまりあれこれ悩んでいると本当にできなくなりますが、失敗覚悟でチャレンジすると案外上手くいくこともあります。

しかし、コンピュータの世界では物事を悲観的に捉えるほうがいい、いや、悲観的に捉える能力が必要だとまで考えられているようです。プログラミングの世界では一昔前に「マーフィーの法則」というのが大流行しました。もしかしたらご存知の方もあるかもしれません。さまざまなバリエーションがでて、今でもインターネットを検索すればたくさんの「マーフィーの法則」が生産されていることがわかります。しかし、そのオリジナルは次のとおりです。

根本原理失敗する可能性のあるものは失敗する
選択定理複数の選択肢のうち人は最悪のものを選ぶ
万有引力トーストのバターを塗った面が下に向いて落ちる確率はカーペットの値段に比例する

私たちも新しいものを作ってみました。編物界のマーフィーの法則です。

購買原理一玉をけちった毛糸に限ってすでに廃番となっている
訂正原理間違ったと思っていた模様が正しかったとわかるのは、ほどき終わった直後である
流行定理気合を入れて編んだ作品ほど出来上がった時には流行遅れになっている
万有引力編んでいるテーブルの上のコーヒーカップが倒れる確率は毛糸の値段に比例する

もっといい「マーフィーの法則」ができた方はぜひメールください。

 2001年3月2日(金) 

ウールのニット製品というのは、どう考えても寒い国が本場のような気がします。ニットが生み出されたのは東方のようですが、現在ニットの本場というとやはりシェットランドとかノルウェーのように、相当北の国です。シェットランドなどはメキシコ湾流という暖流がなければ、おそらく雪と氷に閉ざされているのではないかというような緯度にあります。そのような気候が文化に及ぼす影響というのはどのようなものなのでしょう?「サイゴンから来た妻と娘」(近藤鉱一、1981、文春文庫)は、著者がベトナム人女性と結婚した新聞記者の方なのですが、色々なカルチャーショックの話がとても面白い本です。ベトナム人はヨーロッパの人と同じく生卵がダメなようで、旦那さんがご飯に生卵をかけて食べていると奥さんは身震いがするそうで、ああとんでもない野蛮人と結婚してしまった、とまで嘆くのですが、旦那さんはベトナムで「ビトロン」(アヒルの卵のふ化一週間前くらいのものをセイロで蒸したもの)をゆで卵かと思って割って「椅子から転げ落ちんばかりに驚いた」そうです

夫婦はベトナム戦争が激しくなって、東京に戻るのですが、「彼女にとって東京の八月は、生まれてはじめてのムシ暑さだった。」とありますから、東京の夏は世界一暑いという噂はまんざら嘘ではないのかもしれません。そのため、日本米が胃にもたれて外米に変えます。しかしやがて秋が来るとおかしくなります。

毎週、腹一杯つめ込んでいるのに、なぜか夜中になると体の力が抜けてしまうのだ、という。別に疲れが出はじめたわけでもない。体重も減っていない。それでも体の中心がスカスカになった感じでどうしても頼りない。いろいろ考えていたが、やがて、
「おコメのせいじゃないかしら」
といいだした。
「コメよりも、お前さんの水加減のせいじゃないか」
と私はとぼけた。
なにしろ、内地米は秋に入ってまた値上がりし、10キロ4000円近くになっていたのだ。

というやりとりがあって、結局日本の米に変えてしまいます。不思議な気がしますが、その土地その土地の文化や食生活というものは、やはり気候風土によって左右されるものなのですね〜。この亜熱帯の地のニットはこれからどのような文化に変わって行くのでしょうか。おそらく外米(インディカ種)と日本米(ジャポニカ種)の違いではすまない変化があるものと思わずにはいられません。

 2001年3月1日(木) 

昔の会社の友人に子供が産まれて、私たちの家に連れてきました。その時に話をしていて、子供のものを編んだと聞いて驚きました。とても、編物をするようなタイプではなかったからです。「う〜ん。○○ちゃんでも編物するのか〜」子供ができると、これまで手作りに無縁だったような人でも編物をしたりすることがあるのは知っていましたが、実際に目にすると改めてびっくりします。当然それは子供のためというよりは親自身の満足のほうが大きいわけです。「精神科医のモノグラフ」(大平健著,1994,岩波書店)を読むと、親はどうしても「昔なつかしい玩具、昔自分が何より大切にしていた筈なのにいつの間にか消えてしまった玩具」を子供に与えてしまう、と書いてあります。どこも同じですね。そして「こういう玩具に限って愛する我が子は見向きもしないのだが、買った親の方は甘い思いに浸り続ける」ということになります。ある父親は娘しかいないのにスーパーサーキットを買ってしまった、という話のあとで、母親の出番になります。

男親たちが玩具を巡って少々愚かなことをしでかすのに対し、女親たちが「玩具ぐらい子供の好きなようにしてやれば」と鷹揚にしていられるのは、彼女たちが夫たちより大人だからというわけでは断然ない。彼女たちには別の形で自分の夢を込める道があるのだ。
幼い我が子に服を買い、あるいは服を作ってやる時、母親たちは、品のよい、可愛い子になるようにと希いを込めている。また、今もし自分が少女であるなら着たいと思うに違いないような服を娘に着せてみている。親の務めと称して自分の子供を生きている着せ換え人形にできるのは、母親たちに許されている特権なのだ。
しかし、女親たちのこの密かな愉しみは、長続きしない。成長するにつれて子どもたちは、自分の着る服は自分で選びたいと主張し始めるのだ。初めの内はおずおずと、そして間もなく断固と。

雑誌を見ると、子供に自慢の大作のセーターやカーディガンや、ときにはドレスを着せている写真を見ることがあります。可愛らしい写真もたくさんありますが、中には自己満足?のような写真も見かけます。しかしいきなり、ものすごいおっさんが可愛らしいフェアアイルを着せられている写真なんかを見ると、着せ替え人形はやっぱり子供までにしておいたほうが安全かもしれないと思うことがあります。しかしたた夫もいい歳をしてアーガイルセーターなんかを着ています。結構似合ってると思っているたたも他人の目から見るとやはり自己満足?

 
 
2001年2月の更新履歴&よもやま話

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2000年10月〜11月の更新履歴&よもやま話